ましらの神 4

文字数 995文字

うーん。

 俺は目の前の男2人を交互に見た。
「して、今時分の半端な時期に(うつぼ)を新調する理由はなんだ? 祝いか? 戦か? あるいは、損ないでもしたのか?」
「手前は余所者だろう。余計なことに首を突っ込むな!」
 凄む男は頑なだ。
 職人の方が肩をすくめて俺の方を向いた。
「この宿を預かる御館様が、妖怪風情を退治出来ず、相当鶏冠(とさか)に来ておるのよ」
 職人は自分の頭を指さしてトントンと叩いた。
 男が何が言いたげに、眉を上げたが嘆息して顔をそむけた。事実、ということなのだな。

「妖怪?」
(だつ)よ。御館様の子女が(めと)られて(ほう)けておられる。腕利きが現場を押さえてとらえようにも軒並み返り討ちだ。ついさっきも川に遺体が上がったと聞いた。なかなか勝ち目がないので、(げん)担ぎにマサル様にあやかって猿皮の靭でも新調しようとでも思うたのだろう」
 なあ? と職人は男に目をやった。
 男はチラリとこちらを見て、イライラと足の位置をかえる。
「御前のとこの(あるじ)は、もう、験担ぎに頼るくらいしか無いのか?」
 小馬鹿にしたような職人の態度に、さしもの男も目を剥いた。

 獺を退治するための装備の一つである靭に、験を担ぐ為、猿が要るということなのであれば……。
「なあ、……では、俺がその獺とやらを退治できれば、その猿は要らぬのだよな?」
「「ええっ!」」
 2人の男は同時に目を剥いてこちらを見た。
 職人が狼狽えながら言った。
「今、言うたよな? 腕に覚えのある強者が既に幾人もやられているのだぞ?」
「ああ。聞いた。だが、俺もやられるとは限らないだろう?」
 男はマジマジと俺の顔から順に下へ目を配った。
 再び顔に視線を戻したので、ニッと笑ってやる。
 男は呆れ顔で首を振った。

「ただいまー! 今、終わったぞ!」
 そこへ鸞が走り戻ってきた。俺の前の男衆が、呆れ顔でオレを見ているのに気が付いて、鸞が目を瞬く。
「なんだ? 話は未だついておらんかったのか?」
「坊主の連れの兄ちゃんは、あれか? 頭が足らぬのか?」
 男が顔を歪めて鸞に話しかける。
 鸞はますますキョトンとして首を傾げた。
「主、なんぞ言うたのか?」
 横目で俺を見る。
 なんぞ……というか、交換条件を出しただけなのだが。
「猿の開放と引き換えに、俺がここらを荒らしているらしい獺とやらを退治すると言った」
「ほう……」
 鸞は目をパチクリさせた。
「勇ましいな。精々気張(きば)れよ」
 ん? 鸞は加勢しては呉れぬのか?
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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