賜物 7
文字数 1,175文字
西の空を朱に彩った残照もいつの間にやら宵闇にのまれ、部屋の内には僅かな月影が射していた。
俺はしばらく顔を上げられなかった。
鳰が、誰の子だろうと鳰は鳰である。それは、己の中では確固として動かぬモノであった。しかして、もしこれが事実であれば、鳰は一国の国主の血縁ということになる。さすがに黙して闇に葬れる事態ではない。
鸞は息を潜めてジッと俺を見ているようだった。
「のう……白雀、もし……、もし鳰が全き身体を取り戻したら、主はどうするつもりであったのだ?」
「どうする……とは?」
俯いたまま鸞に答える。
「あの性格だ。鳰は、主に並みならぬ恩義を感じるであろうの。男子であったら、主を兄のように慕って傍を離れぬであろうし、女子であったら……それこそ添い遂げようとするかもしれぬ」
俺は首を左右に振った。
「それは、俺の本意ではない。俺は、鳰が欲しくてかようなことをしているのではない。鳰は鳰の『人としてのまっとうな人生』を取り戻してほしい。それだけなのだ。だから、鳰が身体を取り戻した暁には、俺は鳰の前から姿を消すつもりでいた」
「さて、それは…………鳰が許すかな」
「許すも許さぬも、俺は鳰の重荷になるつもりはない」
「だから、吾の肉になると、つるっと言えたのだな」
鸞が深い溜息を付いた。
「主は、朴念仁以上に厄介者であるよ。利他に徹するあまり、人にも心があることをどうにも忘れておる」
「どういうことだ?」
俺はようやく顔を上げた。月明かりに照らされた鸞の顔は、まさに童神のごとき無垢な神々しさを湛えていた。
「鳰を、雎鳩の二の舞にしたいのか?」
「…………雎鳩の?」
俺が死んだと思って、神に身を奉じようとした雎鳩の……二の舞? 鳰が? それは、俺の本意ではない。何のために肉を集めたのか解らぬ。
「鳰の思いを無視して、ただ主が去ぬことになれば、鳰は更にしんどい思いをすると思うぞ。絶望しても、折角集めた肉体を捨てる訳にも行かぬからな。……主がどう思おうと、鳰はもうのっぴきならぬところまで来ておるよ。鳰を大事と思うのならば、もう少し身の振り方を考えよ。時に……」
鸞は表情を曇らせた。
「梟殿は、城下に招聘されようとしておる。鳰のことがあるから秋口まで待って呉れと返事をしたらしいがな。主の考えが当たりなのであれば、『夜光杯の儀』を執り行ったのは、鵠 であろう。孫を贄に差し出すとは見上げた玉だな」
俺は目を見開き、固唾を飲んだ。そうか。蓮角が、とは考えにくい。かつて遠仁を纏って俺を迎えた国主殿――鵠が、『夜光杯の儀』の首謀者であると言われれば、ストンと腑に落ちる。
「では……」
「鵠は、どうにも具合が悪いらしいぞ。だから、梟殿を侍医として城下に呼びたいのよ。ただ、この顛末……まだ裏があるような気がしてならぬのだ」
鸞はそう言って、口の端を歪めて月を見上げた。
俺はしばらく顔を上げられなかった。
鳰が、誰の子だろうと鳰は鳰である。それは、己の中では確固として動かぬモノであった。しかして、もしこれが事実であれば、鳰は一国の国主の血縁ということになる。さすがに黙して闇に葬れる事態ではない。
鸞は息を潜めてジッと俺を見ているようだった。
「のう……白雀、もし……、もし鳰が全き身体を取り戻したら、主はどうするつもりであったのだ?」
「どうする……とは?」
俯いたまま鸞に答える。
「あの性格だ。鳰は、主に並みならぬ恩義を感じるであろうの。男子であったら、主を兄のように慕って傍を離れぬであろうし、女子であったら……それこそ添い遂げようとするかもしれぬ」
俺は首を左右に振った。
「それは、俺の本意ではない。俺は、鳰が欲しくてかようなことをしているのではない。鳰は鳰の『人としてのまっとうな人生』を取り戻してほしい。それだけなのだ。だから、鳰が身体を取り戻した暁には、俺は鳰の前から姿を消すつもりでいた」
「さて、それは…………鳰が許すかな」
「許すも許さぬも、俺は鳰の重荷になるつもりはない」
「だから、吾の肉になると、つるっと言えたのだな」
鸞が深い溜息を付いた。
「主は、朴念仁以上に厄介者であるよ。利他に徹するあまり、人にも心があることをどうにも忘れておる」
「どういうことだ?」
俺はようやく顔を上げた。月明かりに照らされた鸞の顔は、まさに童神のごとき無垢な神々しさを湛えていた。
「鳰を、雎鳩の二の舞にしたいのか?」
「…………雎鳩の?」
俺が死んだと思って、神に身を奉じようとした雎鳩の……二の舞? 鳰が? それは、俺の本意ではない。何のために肉を集めたのか解らぬ。
「鳰の思いを無視して、ただ主が去ぬことになれば、鳰は更にしんどい思いをすると思うぞ。絶望しても、折角集めた肉体を捨てる訳にも行かぬからな。……主がどう思おうと、鳰はもうのっぴきならぬところまで来ておるよ。鳰を大事と思うのならば、もう少し身の振り方を考えよ。時に……」
鸞は表情を曇らせた。
「梟殿は、城下に招聘されようとしておる。鳰のことがあるから秋口まで待って呉れと返事をしたらしいがな。主の考えが当たりなのであれば、『夜光杯の儀』を執り行ったのは、
俺は目を見開き、固唾を飲んだ。そうか。蓮角が、とは考えにくい。かつて遠仁を纏って俺を迎えた国主殿――鵠が、『夜光杯の儀』の首謀者であると言われれば、ストンと腑に落ちる。
「では……」
「鵠は、どうにも具合が悪いらしいぞ。だから、梟殿を侍医として城下に呼びたいのよ。ただ、この顛末……まだ裏があるような気がしてならぬのだ」
鸞はそう言って、口の端を歪めて月を見上げた。