麦踏 4

文字数 1,145文字

 年越しの夜。
 俺は、梟、鳰、阿比、鸞、そして波武と共に年を跨いだ。
 昨年の年越しは(とこ)に貼り付いて藻掻(もが)いていたから、こうしてキチンと年を取れるのは嬉しいことだった。

「これで、阿比殿はいくつになったのだ?」
 火鉢で炙った祝い餅をいただきながら話を振った。
「私か? んー……38だな。そういう白雀殿はどうなのだ?」
「俺は25だ」
(私は14になります!)
 鳰が手で示しながら答えた。
「梟殿は?」
「儂か? 64だな」
「吾は!」
「あ、いや、鸞は良いわ……」
 えー? と口を尖らせた鸞の隣で、波武がワフワフと吠えた。
 鸞が益々むくれて波武を睨んだので、何か悪態でも付いたのであろう。

「阿比殿が此処へ身を寄せるのは、鳰のことだけでなく梟殿が親代わりであったからなのか? ……いや、言いにくいことであれば言わずともよいのだが」
 俺は兼ねてから疑問であったことを阿比に訊いた。餅を頬張っていた阿比は、パチパチと目を瞬いてから飲み下した。
「ああ。そうよ。私が……4っつか5つつの時だったか……此処へ来たのは」
 阿比が梟に目配せすると、そうさのうと、顎を撫でながら応じた。
「娘が生まれた年だったから、そのくらいかの」
「阿比殿の家族は……」
「知らぬ。私は家を出てきたのだ」
「え?」
 そんな幼い時に?
 俺は驚いて、持っていた餅を膝に置いた。
 阿比は鸞を見て微笑んだ。
「で、コヤツに救われたのよ」
 鸞は口いっぱいに餅をモグモグさせながら、目をキョロリと動かした。
「まぁ、よくある話でな……農家というものは人手が居るから子沢山なのは仕方がないとして、ちょっと作柄が良くないと子どもは奉公や小作に出されて口減らしにされるのだ。私も小作に出されるところだったのだが、子どもながらに『雇い主に使い倒されていじめられるくらいだったら死んでやる』と思うだのだな。そこで、ただ自死したら、ほれ、遠仁になって害を成すようになるかもしれぬから、先に久生を呼んでおけばよいと考えたのだ」
「それでな! コヤツの拙い謳いにほだされて、吾が呼び出されたのよ!」
 餅を食い終えた鸞が話を継いだ。
「幼子が謳いを?」
 俺は阿比を見た。
 阿比は頭を掻きながら、それがなぁ、と言った。
「村に来た謳いの文句を聞き覚えて、見様見真似で謳ったのだ」
「んで、呼び出されてみたら、これから死ぬから魂を食えというのだ! それは驚くであろう? そんなの初めて聞いたわ!」
「チビの癖に何を言うか、と、鸞に叱られた」
「当り前じゃ! 命を粗末にしおって!」
「それで、施療院が忙しいところで子が生まれ、難儀をしていた我が夫婦の元に阿比を置いていかれた、ということだ」
 最後に梟が締めくくった。
「まぁ……あのヘタクソな謳いで、よく吾が下ろせたわ」
 鸞は二つ目の餅に手を伸ばした。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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