禁色の糸 6

文字数 750文字

 翌日朝早くから、神樹を切り倒すための下準備を開始した。慈鳥を始めとする村人数名と共に、神樹の大木の下草を綺麗に刈り取る。
「出来得る限り、視界を確保しておくことが肝要である。それと、火の準備を」
「火とな? 何に使うのだ」
 俺の指示に慈鳥は首を傾げた。
「作業で出た木くずを片端から燃やすのよ」
「燃やすとな?」
「ああ。元通りにならぬようにな。あと、松明を何本か」
 昔、予備練の官舎で聞いたことがある。年端の行かぬ子どもを怖がらせる出鱈目かと思うたが、この度の神樹の怪異を聞くにつけ、古くからある話のようだ。血や怨嗟にあてられて、しばしば古戦場には怪異が起こるという。これは、きっと樹木子(じゅぼっこ)の類であろうよ。ヒトの血の味を覚えた樹木の(あやかし)だ。今回は、それがたまたま神樹だったが故に、それを食んだ三月虫が血の色の繭を作り、人を寄せる羽目になった。
 そうだ。この木は

。遠仁はやはり……この木に宿りし……。
「白い布はどうするのだ?」
 鸞が天幕を抱えて来た。
「焚火のまわりに立ててくれ。虫が休みやすくなる」
「虫の休み場所か?」
 鸞は目を瞬いた。
「うむ。俺の見込み違いだったようだ。此度(こたび)の怪異、樹木は妖よ。遠仁は、この木に宿る虫だと思う」
「三月虫ではないのか?」
「蚕蛾となった三月虫には口がない。この木には樹木子と同じように

ヤツがいるのよ。犠牲者に共通点が見つからなかったのは、吸うヤツが2種類いたからだ」
「2種類も? 何処じゃ?」
 俺は梢の上を指した。
「ほれ、今年伸びた赤い枝を見ろ。黒い虫が止まっているのが見えぬか?」
「えー……」
 梢を眇めた鸞は、ソレに気が付いてゾッとした顔で俺を見た。
「な、なんだ? あれは! 沢山いて気持ちの悪い!」
「……害虫よ。下紅羽衣(したべにはごろも)。それの、遠仁憑きが、この木に潜んでおる」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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