餓鬼の飯 8

文字数 1,081文字

 鶹が引き出して来た馬を駆り、急ぎ屋代まで馳せた。
 ふと前方へ視線を巡らすと天へ向けて青白い光の柱が立っている。見たことのない光景だった。
 
 一体、何が起きているのか。
 
 屋代に近付くにつれ、ワンワンと耳鳴りまでするようになった。否、これは、大勢の子どもの声だ。泣き声、歓声、笑い声、様々な子どもの声が屋代の建屋に突き立つ光の柱の方から聞こえてくる。
 俺は、息を呑んだ。
 これは、……この柱を形成する光全てが、子どもの遠仁だ。
 青く光る光の粒は、小鳥の群れのように飛び交い、渦巻き、上昇、下降を繰り返している。

「なんて……数だ」

 こんなに集ってしまったのは、元より御魂祭で呼んでいたからか。
 一つ一つは小さいが、数は……琴弾の案件を凌ぐかもしれぬ。
 屋代の門が見えたが、周りは既に警邏の者が囲んでいた。
 どうしよう。中に入れぬ。

「白雀! ようやっと付いたか!」
 玉冠(たまかんむり)の男子の鸞が右隣にポンと浮いた。
 険しい顔をして光の柱を睨んでいる。
唐丸(とうまる)とやら、どうやら昨年だけの話ではなかったようだ」
「え? では、毒入りの塩壺は……」
「数年来ずっと、だったようだぞ。胸糞の悪い。……毒牙に掛かった子が遠仁になり……。それが何人も……」
「それが、こんなに?」
「否、全部ではない。時が時だったでの。ソレが、水子や死産や、その他満足に弔われておらなんだ子どもの遠仁を寄せた。最悪だ」
「それらの遠仁は、何のためにこんなに集まっているのだ?」
「唐丸を……自分らと同じ遠仁にするためよ。屋代の久生の動きを封じて召されるのを阻止しておる」
「それで気が済むのか?」
「さてな。直接やられた子は溜飲が下がるやも知れぬが、有象無象は解らぬ」

 そうか。屋代の久生を封じられたので野良の久生を(たの)んだのか。城下の屋代にいる久生であればよもや新参では有るまいが、さすがにこの数の遠仁どもに抗し切れなかったのであろう。
「ふむ。さても、これらが喰えるかな」
 せめて、屋代の久生の動きを封じている者らだけでも喰えればよいのだが。俺は右手首に巻いてある鳰の玉の緒に触れた。

 ふいに屋代の門のあたりが騒がしくなった。見ると、後から駆けつけた精鋭らが警邏と押し問答をしている。
「大事な助っ人が通る、門を開けよ!」
「さあさあ、どかぬか!」
 下手な男よりも大柄な女子どもが詰め寄るので、さしもの警邏隊も僅かに退いた。
 さて、今か! 俺は、鸞の腕を引き、身柄を鞍の前へ据えた。
「さても! 久生が通るぞ!」
 俺は名乗りの声を上げて、駒を駆り立てた。
 玉冠の豪奢な姿の鸞はそれだけで説得力がある。
 警邏隊は慌てて左右へ退いた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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