餓鬼の飯 9
文字数 1,256文字
屋代の建屋の前に来た。鸞はひらりと馬から降りる。
屋内から火事かと思うような熱風が吹いている気がするのは、どうやら俺だけらしい。子どもらの高い声と、琵琶の嫋々と響く音が渦巻いて、耳元に膜が貼ったかのようだ。左の腕は脈打つごとにチリチリとした痛みを伴っている。
気を張っていないと頭がおかしくなる。
鸞は顔を上げて大きく息をついた。
背が一段と伸びる。
髷を結い上げた髪がバラリと崩れ濡れ羽色の髪が広がった。
「白雀よ。心してゆくぞ。吾 が祭壇の前で同輩を招集する故、汝 は謳いらの後ろに控えよ。鳰の肉を見つけ次第、吾が指し示す故、何は無くともソレを喰らえ!」
初めて見る鸞だった。玉冠に深紅の衣、女王のごとき威厳を纏った姿は、女子の態の鸞が一層大人になった風情だ。
俺は目を瞬 いた。
「何故 、わざわざ女子になるのだ?」
「謳いは親仁 ばかりであるからな。女子の方が受けが良い」
「は?」
「吾に気を取られて汝に気を配るのを忘れる。これも情報操作よ」
鸞はニヤリと笑うと紅い衣を翻してずんずんと屋代の奥へ進んで行った。
今一釈然としない俺もその後に続く。
さすがに城下の屋代だけあって、中央の祭壇は広く立派だった。
そこへ20名近くの謳いが集まって琵琶を奏している。
嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋
黒光りする祭壇の真ん中に据えてある床に横たわっているのは唐丸 の亡骸らしい。青い光の柱はそれを中心にして立ち上っている。
嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋
謳いたちは一心不乱に琵琶を奏し、祝詞を上げている。
その謳いたちをはさんで後ろに控えている俺だったが、焚き火の前にいるかのように遠仁の放つ熱が体を炙る。
嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋
鸞は祭壇の前に立った。
光の柱から渦巻く風に煽られて、鸞の髪が、衣が躍る。
鸞が両の手を差し上げた。
「掛けまくも畏 き久生 ! 吾が同輩よ! ここな惑いし幼き魂を召し給えよ!」
俺の後ろから、ザアッと追い風が吹いた。
紅い光の群れが青い光の柱を取り巻き、まとわりつくように飛び交った。
青い光が一瞬弱まり、光の柱の向こうに人影が透けて見えた。
アレが、屋代の久生か。
鸞がこちらに目配せをした。
俺は左腕を上げ、掌を開いた。
丹い光が青い光の柱を貫き奥にあるモノを引き摺りだして吸い込み始める。
左腕が炎の中に突っ込んだかのように熱に炙られ、そのまま熱が全身に広がっていく。
――あはははは!!
何故か、子どもたちの笑い声がした。
身体のあちこちで小さな泡 が弾ける感触がする。
急に視界が暗くなり、俺は真っ暗な空間に立った。
頭上に光の網が広がる。
ああ、また此処に来た、と思った。
足元にぼんやり光が灯った。
三つばかりの幼い子どもが俺を見上げて笑った。
――にいちゃん、ありがとう
フッと、入江を思った。
俺は、救えたのだな、と安堵した。
俺が喰った遠仁は、……一体どこへ行くのだろう。
そのまま意識も、暗転した。
屋内から火事かと思うような熱風が吹いている気がするのは、どうやら俺だけらしい。子どもらの高い声と、琵琶の嫋々と響く音が渦巻いて、耳元に膜が貼ったかのようだ。左の腕は脈打つごとにチリチリとした痛みを伴っている。
気を張っていないと頭がおかしくなる。
鸞は顔を上げて大きく息をついた。
背が一段と伸びる。
髷を結い上げた髪がバラリと崩れ濡れ羽色の髪が広がった。
「白雀よ。心してゆくぞ。
初めて見る鸞だった。玉冠に深紅の衣、女王のごとき威厳を纏った姿は、女子の態の鸞が一層大人になった風情だ。
俺は目を
「
「謳いは
「は?」
「吾に気を取られて汝に気を配るのを忘れる。これも情報操作よ」
鸞はニヤリと笑うと紅い衣を翻してずんずんと屋代の奥へ進んで行った。
今一釈然としない俺もその後に続く。
さすがに城下の屋代だけあって、中央の祭壇は広く立派だった。
そこへ20名近くの謳いが集まって琵琶を奏している。
嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋
黒光りする祭壇の真ん中に据えてある床に横たわっているのは
嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋
謳いたちは一心不乱に琵琶を奏し、祝詞を上げている。
その謳いたちをはさんで後ろに控えている俺だったが、焚き火の前にいるかのように遠仁の放つ熱が体を炙る。
嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋
鸞は祭壇の前に立った。
光の柱から渦巻く風に煽られて、鸞の髪が、衣が躍る。
鸞が両の手を差し上げた。
「掛けまくも
俺の後ろから、ザアッと追い風が吹いた。
紅い光の群れが青い光の柱を取り巻き、まとわりつくように飛び交った。
青い光が一瞬弱まり、光の柱の向こうに人影が透けて見えた。
アレが、屋代の久生か。
鸞がこちらに目配せをした。
俺は左腕を上げ、掌を開いた。
丹い光が青い光の柱を貫き奥にあるモノを引き摺りだして吸い込み始める。
左腕が炎の中に突っ込んだかのように熱に炙られ、そのまま熱が全身に広がっていく。
――あはははは!!
何故か、子どもたちの笑い声がした。
身体のあちこちで小さな
急に視界が暗くなり、俺は真っ暗な空間に立った。
頭上に光の網が広がる。
ああ、また此処に来た、と思った。
足元にぼんやり光が灯った。
三つばかりの幼い子どもが俺を見上げて笑った。
――にいちゃん、ありがとう
フッと、入江を思った。
俺は、救えたのだな、と安堵した。
俺が喰った遠仁は、……一体どこへ行くのだろう。
そのまま意識も、暗転した。