借り 3

文字数 1,056文字

「あの洞穴にどれくらい長い時間いたかしら。国主一族が何をしてきたのか、あそこでずっと見続けた。そして、思ったの。いつまでこいつらは鬼車に頼ってるんだろうって。沢山の命を犠牲にして、沢山の遠仁を作って、……。こんなこと、いつか終わりにしなくては、って」
 伯労は穏やかな顔で俺を見た。
「で、次の『夜光杯の儀』を邪魔して欲しいって、波武に(たの)んだのよ。夜光杯を割って儀式を反故にしてしまうと、それでお終いだけれど。不成立にすると、保留扱いになる。保留の間は、次の契約を受けられないの。つまり、『夜光杯の儀は終わっていない』から」
 伯労の言葉を波武が継ぐ。
「贄を断つことで鬼車を弱らせて(われ)が喰うと言うのが、始めの計画だったのだ。吾とのことがあってから、鬼車はまず夜光杯を飲んでしまうようになった為に反故にするのは難しくなったというのも理由の一つであったがな。俺が邪魔をしたせいで、鬼車は贄を得られず肉は遠仁どもにバラバラにされたが、夜光杯が健全なおかげで、魂は一部肉体に付いたままとなり、吾は魂が付いた脳と右目を(さら)った」
俺はゴクリと唾を飲んだ。
「それが、鳰だったのだな」
 伯労がコクリと頷いた。
「贄は肉と心を繋げるといったわよね? 私は、鳰の舌を持っているわ。ホントは、これを持って誰かに取り付いて共に召されればよいと思ってた。波武が鬼車を召したことを見届けたあとで、ね」
「ところがな、鳰は中々危なっかしくてな、吾が見張っておらねば直ぐ遠仁が寄る。鬼車を喰うどころではなくなった」
「そうこうしているうちに、あんたが産まれたのよ」
「え? 俺が?」
 
 産まれたって、どういうことだ? 

「本当に丹が人に付くモノかと訝っていた時に、ひょんなことから雎鳩の身柄を拾った。あんたが雎鳩の初恋の人だって知って、これは利用できるかもと思ったわ。そしたら、あんたは何を思ったのか鳰の肉を集め始めた。ああ、そういう解決の仕方もあるのかと、そう思ったわ」
「それで、俺に協力を……?」
 伯労は、フッと儚い笑みを浮かべた。
「鳰の肺は蓮角が抱えている。心臓は夜光杯と共に鬼車が……。そうね、順番としては蓮角、私、鬼車の順かなぁ。蓮角を仕留めるには私の協力が必要でしょうからね」
「待て、伯労! ……その……、どうしても主を喰わねばならぬのか?」
「はぁ?」
 伯労はキョトンとした顔をした。
「それが? だって、私、鳰の舌を持っているのよ? それに、……」
 ふわりとした笑みを浮かべ、伯労は言った。
「その時が来たら、入江のこともちゃんと話してあげるから」 

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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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