夏椿の森 5

文字数 789文字

 まさか、我が国主殿がかような有様になっていようとはな。
 嫡子のアレがアレなのはまぁ周知の事実であったが、国主殿に至っては雲の上過ぎて不明であった。

「っ……だぁー……くぅー」
 焼き(ごて)を当てられるかのような痛みに、思わず声が漏れた。
「染みるか。すまぬな。ここらは綺麗に剥けておる」
 俺の背に軟膏を塗りつけながら阿比(あび)が謝った。

「貴殿が遠仁(おに)を喰うとあっては、(くぐい)としては捨て置けぬであろうな」
 阿比は、国主殿を呼び捨てか。
 死してはみな平等。
 まぁ、世俗のしがらみは関係のない御仁であるから、かような感覚であるのだろうな。

「遠仁を眷族にするなど、一体どのような方を用いたのやら……」
「さてな。まぁ、貴殿は確実に目の上のたん瘤であろうから、今後見つかったら無事では済まぬと思うぞ」
「まっこと……迷惑な」
 口にして、ふとした疑惑が湧いた。
「よもや、(にお)とは関係あるまいな」
「遠仁を眷族としたのは、鳰を(ささげ)ての取引かと、そういうことか?」

「うむ」
 阿比はしばし黙した。
「あっ……っつー……」
「ふむ。して、鳰は誰の子ということになるのだ? そこいらの子を拾って捧げても、契約の効果があるとは思えぬが?」
「がっっ……うっ…………くっっ」
「そも、国主を約束されたような者が、これ以上何を望むというのだ?」
「っだぁあ! 阿比殿も俺と同じ人種であるな? 考え考え手を動かすくらいなら、手を止めよ! 気が入っておらん! 注意が反れておる!」

「……何を怒っておるのだ?」
 ポカンとする阿比の顔が更に怒りに油を注いだ。
 背を捻ると痛みが増すので、阿比に向き直る。
「主が考えながら手を動かすと、

! と言っている」
「こちらの善意の治療であるのに、貴殿は……態度がでかいのぅ」
 阿比は眉を曇らせて自分が被害者のような顔をした。
 こちらは脂汗を浮かべながら軟膏を塗られているのだ。
 余裕などあるものか。 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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