業鏡 1

文字数 694文字

 阿比(あび)に決意を打ち明けると、心底呆れたという顔をされた。

「私は、(にお)の経緯を語っただけで、始末をつけよと言ったわけでは無い。そも、遠仁(おに)が来たところで追い払えば良いだけの話。そのために、私は波武(はむ)を鳰の元に置いていったのだから」

「確かに、始末をつけよとは言われてはおらぬ。だが……鳰があのままで良いとは思えぬ。どこにいるどの遠仁が鳰のどの部分を持っているのか、夜光杯がどこにあるのか、何一つわからぬ状況で、どこから手を付けたらよいモノやら正直、俺も判らぬ。しかし、いつまでも手を(こまね)いて(いたずら)に時間を費やすのは得策ではないだろう」

「ううーむ」
 阿比は虚空を睨んで唸ると、伸ばし放題の黒い総髪を一房取って指でクルクルと捻った。

「幸い、俺はどこにも属してはおらぬ。阿比のように、人から頼られる生業(なりわい)を持っているわけでもない。それに、

。昨夜のように退治すれば、引き換えに鳰の体を回収することが出来よう」

「貴殿がそこまで業を背負い込むことは無いのではないか?」

「……他に、……いかような甲斐があるというのか」

「………」
 阿比は、スンと黙って動きを止めた。

「俺は、もう死んだも同じであった。『丹』が無ければ拾わなかったかもしれない命なら、悔いを覚えぬほど『丹』を使いつくしてやりたい」

「……そこまで言うのであれば、もう何も言わぬ。好きにせよ」
 阿比はくるりと踵を返した。
「私はこの国と周辺を回っておる。何か、心を留めることがあれば知らせよう」
「かたじけない。恩に着る」
 俺が頭を下げると、阿比は懐手にしてチラリと振り向いた。

「『白雀(しろすずめ)』は慶事に現れるという。貴殿が文字通りの吉兆であるとよいな」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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