爪紅 2

文字数 827文字

 都が屋代に訪れるまで、俺と鸞は継ぎの間で待つことになった。
「尸忌とは、波武のように獣や鳥、虫の態でおるものだと思っていたが……」
 先程拝見した影向(ようごう)の姿が印象に残っていた。あれは、ヒトの態であった。
「だから言うただろう! 尸忌も年を経ると魂も喰えると! 魂の喰える尸忌はヒトの現身を得るのだ!」
「へぇ……。じゃぁ、久生は? 久生も長生きすると態が変わるのか?」
 鸞は、ちと黙り込んで俺を上目に見上げた。

「魂を喰わずともよくなる……らしい」
「らしい?」
 不確かな応えに、俺は目を瞬いた。
「己のことなのに、随分ぼんやりしているな」
「それはそうよ! かような久生には会うたことがない!」
「それは、何か? 自分より年上の久生には会ったことが無いってことか?」
「……主、言いにくいことを言うのう。そも、尸忌に比べて久生は圧倒的に少ないからな。吾が知らぬだけかもしれぬ」
「年上ってそんなに気になるものか? 若けりゃいいってもんじゃないだろう? 悪口を言いたいわけでは無いが、同じ久生でも噪天(そうてん)みたいなのは全然頼りにならぬ。鸞でよかったと俺は思うておるぞ」
「どさくさに紛れて吾を褒めるなよ! 如何様(いかよう)な顔をすればよいのか解らぬではないか!」
「……一丁前に、照れるのか」
 口を尖らせる鸞が可愛く見えて、俺は笑みを押し隠した。
「誰でも褒められれば嬉しかろう?」
「だったら、阿比殿のことも素直に褒めてやればよかったのに……」
「アレはダメだ! 褒めたらつけあがる!」
 阿比にはあくまでツンを通すということか?
「『謳い』には一端(いっぱし)のこだわりがあるのだな」
「それはの、乞い歌は

であるからよ! 生半可な謳いには呼ばれとうない!」
 なるほど。合点がいった。
 鸞は、阿比にいつまでも心を尽くして呼んでもらいたいから、「満足した」と言わないのだ。
「……案外とカワイイところがあるのだな」
「なんだそれは!」
 鸞が真赤になってむくれたところで呼びがかかった。
 どうやら、都が屋代に参じたらしい。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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