伏魔の巣 8

文字数 536文字

 穏やかに座している(くぐい)殿の周囲に暗黒の(もや)が立った。
「血の匂いに誘われて来たな」
 鵠殿は淡々と言った。
 この遠仁は……鵠殿には、折り込み済みのもの?
 とすると、鵠殿は……。

「『丹』の力が引き出せぬのであれば、

であるな。折角拾った命だが、仕方のない。せめて贄となりて我が眷族の一翼となれ」
 
 遠仁が、国主殿の……眷族? 

 黒い靄が掌を広げたように迫ってきた。
 これ……は、デカい。
 俺は自分の左手を押えた。
 熱い。
 熱い……火にあぶられるようだ。
 網の目の傷跡が次第に丹い光を帯びて、ぬらぬらと息吹を取り戻した。

 ほう、と、鵠殿が初めて表情を動かす。
 期待を込めた眼差しを向けて、それは愉しそうにこちらを見つめている。

 俺は……どうしたらいいんだ。
 これを、喰うのか?
 さすれば、俺が何ができるようになってしまったのか
 披露してしまうことになる。
 そうしたら、俺はどうなるんだ?
 だがこのまま肉を喰われてしまったら、俺は遠仁になってしまう。
 鳰に肉を取り戻すことなど永久にできなくなる。
 どうすれば……。

「存分にふるまえよ。(われ)殿(けつ)持ちをしてやろう」
 
 ぞわりと鳥肌が立った。
 死の瀬戸際で聞いた声だ。
 あの、獣の……。
 すぐ脇に降り立った気配は……。

 「え…………波武(はむ)?」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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