遠仁の憑坐 1

文字数 878文字






 阿比(あび)に抱かれるようにして、俺は屋内へ戻った。

 施療院の診察室では、女物の着物にまかれた(きょう)が身動きが取れずに床に転がっていた。

「本体は、子どもの方だったのだな」
 梟の(いまし)めをほどきながら、阿比が言った。
「落ち着いているな……」
 俺は、阿比の胆力に感心して呟いた。
「ふん。遠仁(おに)は見慣れている」
 阿比はこともなげに鼻で笑った。

 振り返ると、波武(はむ)に護られるようにして(にお)が戸口から顔をのぞかせていた。

 鳰は無事であったか……。
 俺はホッとした。

 阿比が話を続ける。

「魂は久生(くう)が召すが、……遠仁(おに)を喰う者はいない。まぁ獣に憑いた遠仁を

尸忌(しき)が喰らうことはあるがな。我ら『謳い』も正気を保って退(しりぞ)けることは出来るが、消滅させることは出来ぬ」
「それを、俺の仙丹が喰うとは……どういうことだ?」
 俺は自由に動くようになった己の左腕を見た。
 もう、あの熱は引いていた。
 手の平を穿(うが)っていた(あか)い渦も無い。

 それは……と梟が語りだして、俺は目を向けた。
 己の身体をさすりながら、梟は言った。

「『丹』は不死不滅の薬とも言われているが、人体との親和性が薄いため定着が難しい。それ故に仙丹の触媒に、鳰の脳と右目を覆っていた膜の一部を使った。バラバラにされても生命を保つことのできる特殊な膜をだ。だがそれを使って『丹』を定着したことで思わぬ作用も発揮されてしまったらしい」
「……つまりは、俺に埋め込まれた『丹』が『遠仁』を欲していると?」
「そうじゃ。『丹』の作用については、実のところ全てが明らかになっているわけでは無い。此度(こたび)はその可能性の一つが発動しているということじゃ」


 なんだそれは?
 よくわからん。
 動かなかった左腕を動かせるようになったのも不思議なことだ。

「それにしても……」
 俺は先程の顛末に怖気をふるった。
「遠仁を取り込むたびに、あんな苦しい思いをしなくてはならぬのか?」
 己の口内から吐き出されたおぞましい百足の姿を思い出す。

「さあ、それは分らぬ。先程のモノは、己の屍を喰ろうていた虫に憑いた遠仁だったのかも知れぬな」
 シレッとぬかす阿比に、俺は恨みがましい目を向けた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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