射干玉 3

文字数 846文字

 夕暮れ前に宿(しゅく)に着いた。俺たちが来た方は街道筋からいうと裏道に当たる筋だったのでさほど人と行き会わなかったが、この宿は街道筋にあるのでそこそこ人で賑わっている。
 左右に宿屋が並んでいる界隈で、人ごみに紛れて(らん)はしばしあちこちと目を配っていた。
「どうした?」
「ふむ。あの宿屋と、そこはヤバいのう」
「?」
 鸞の指す宿屋の店構えを見る。他の宿屋と遜色ない様に見えるが? 俺が首を傾げると、鸞は(いたずら)っぽい笑みを浮かべて耳元に囁いた。
「アレは

。ソコはぼったくりだ」
「ん?」
 臭いとはなんだ?
 目を眇めて思案していると、後ろから客引きに声を掛けられた。
「兄さんたち、ウチの宿屋はどうだい。いい子を揃えているよ」
 おや、御忠告通りだと思っていたら、鸞が振り向いて応じた。
「ほう、()よりいい子が居るのか? うちの主は好みがうるさいぞ」
 ちょ! 何を勝手なことを!
 慌てて振り向くと、客引きの男が泡を喰って撤収していくところだった。
 鸞は得意げに鼻息を荒くしている。
 ……コヤツ、訳が分かって言っているのか?

「で、どうする? あえて、

を選んでみるか?」
 ああ、臭いって……そういう。
 城下から大分離れたから、目的の遠仁がいるものやら解らぬが、取りこぼしたとあっては口惜しい。
「そうだな。……遠仁が出るか蛇がでるか」

 その宿屋に向けて数歩も行かぬうちに別の客引きにつかまった。
「シッシ! 女のいる宿屋は好かぬ」
 鸞が適当にあしらってくれるので、任せることにした。どうせ通りすがりだ。この際、なんと思われても構わぬわ。
「面倒くさいな。主と手でも繋いでおくか」
「あー、どうでもいいわ。好きにしろ。これなら童子の様でも良かったのではないか?」
「流石に親子は通らぬであろう。それとも何か? もっと特殊な癖の持ち主と思われたかったか?」
「兄弟という振りもあるだろう? 何故そう如何(いかが)わしい方に持って行きたがるのだ?」
「それはもう」
 鸞はニンマリと笑った。
「主は、吾の食いものであるからよ」
 そうだった。忘れておった。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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