ましらの神 3
文字数 1,286文字
「ソレは我らに必要なものだ。我らというより、ヒト助けなのだ。ここは折れてソレを譲っては下さらぬか?」
俺も声を張り上げて頼んだ。
上では一頻 り猿たちの騒ぎ声がしたが、やがて一匹の毛並みも豊かな立派な猿が姿を現した。その威風堂々とした様から、この群れの長と思われた。何やら、ギャッギャと鳴いているのを、鸞がふむふむと頷いている。
「マサル様の春の大祭の為に準備している大事な供物であるが、どうしてもと言うのであれば
ほう! と俺は安堵しかけたが、鸞の表情が険しいままなので、喜色をひっこめた。
「ただし、譲るには条件があると! 先程、靭 の材として宿にかどわかされた仲間を救うて来い、だそうだ!」
靭の材……?
「それは何匹なのだ?」
俺が言うと、上から更にキキッと声が降ってきた。
「一匹! 年若い女の猿らしい! 靭って何だ?」
「矢筒の一種よ。矢羽根を労わる為に獣の皮をかける仕様だ」
猿の皮とは……趣向としては、上位のモノだな。金持ちか、上級仕官の求める品だ。
「ふむ。では、急がねばならんな。……宿 とはこの先の宿でよいのだな?」
頭上の猿が枝の上で跳ねた。鸞が頷く。どうやら、次の宿で合っているらしい。
さて、此処からどうして宿へ下りたらよいものか。麓のあたりに目をやると、木の上から数頭の猿がトストスと音を立てて下りてきた。
キッキ! と鳴いて俺の衣の裾を「こっちだ」と言うように引っ張る。
鸞が俺に通訳した。
「麓の宿に下りる近道を教えてくれるらしいぞ!」
「それ、ちゃんと人間が通れる道であろうな」
「それは、知らぬ!」
俺と鸞は、猿たちに導かれて雪の斜面を滑るように下りて行った。
猿たちの導きで、予定よりも早く宿に辿り着いた俺らは、早速箙 類を誂える店を探した。職人に皮を剥がれる前に猿を見つけ出さなくてはならない。初めて来た宿で様子もよくわからぬのに、靭箙 細工や、行縢 など皮を扱う職人を片っ端から当たっていくのは中々骨が折れたが、数件目の職人の店先で言い合う男衆が目に入った。一方は大きな籠を下げている。職人と思しき男が籠を指さした。
「いきなり猿を持ってこられても困る。まずは皮を剥いで材としてから持って来い」
「猿は肉を喰わぬので捌かぬ。扱いはそっちが得意であろうが!」
俺と鸞は目配せあい、急いで男らの元に駆けつけた。
「あの! その猿を譲ってはくださらぬか!」
「ああ? 兄ちゃんいきなり入ってきて何を言うのだ!」
籠を下げた男は、片眉をあげて俺に凄んだ。
どこぞの屋敷の護衛のようだ。
「こっちは毛皮張りの上等な靭を誂えるように言われて、やっとのことで良き毛艶の猿を手に入れたのだ。はいそうですかと譲れるか!」
それはまぁそうだ。だが、こちらはこちらで特殊な事情がある。
「あ! 吾が、呼ばれたようだ! 主、後は頼むわ!」
その時、いきなり鸞が俺を離れて駆けて行った。
ええ? 呼ばれた? 久生としてか?
俺は、凄む男と、不機嫌な顔で腕組みしている職人の前に残された。
如何とすれば良いものか……。
俺も声を張り上げて頼んだ。
上では
「マサル様の春の大祭の為に準備している大事な供物であるが、どうしてもと言うのであれば
利他
として此処をようよう探り当てた労に敬意を示して譲らぬこともない、とな!」ほう! と俺は安堵しかけたが、鸞の表情が険しいままなので、喜色をひっこめた。
「ただし、譲るには条件があると! 先程、
靭の材……?
「それは何匹なのだ?」
俺が言うと、上から更にキキッと声が降ってきた。
「一匹! 年若い女の猿らしい! 靭って何だ?」
「矢筒の一種よ。矢羽根を労わる為に獣の皮をかける仕様だ」
猿の皮とは……趣向としては、上位のモノだな。金持ちか、上級仕官の求める品だ。
「ふむ。では、急がねばならんな。……
頭上の猿が枝の上で跳ねた。鸞が頷く。どうやら、次の宿で合っているらしい。
さて、此処からどうして宿へ下りたらよいものか。麓のあたりに目をやると、木の上から数頭の猿がトストスと音を立てて下りてきた。
キッキ! と鳴いて俺の衣の裾を「こっちだ」と言うように引っ張る。
鸞が俺に通訳した。
「麓の宿に下りる近道を教えてくれるらしいぞ!」
「それ、ちゃんと人間が通れる道であろうな」
「それは、知らぬ!」
俺と鸞は、猿たちに導かれて雪の斜面を滑るように下りて行った。
猿たちの導きで、予定よりも早く宿に辿り着いた俺らは、早速
「いきなり猿を持ってこられても困る。まずは皮を剥いで材としてから持って来い」
「猿は肉を喰わぬので捌かぬ。扱いはそっちが得意であろうが!」
俺と鸞は目配せあい、急いで男らの元に駆けつけた。
「あの! その猿を譲ってはくださらぬか!」
「ああ? 兄ちゃんいきなり入ってきて何を言うのだ!」
籠を下げた男は、片眉をあげて俺に凄んだ。
どこぞの屋敷の護衛のようだ。
「こっちは毛皮張りの上等な靭を誂えるように言われて、やっとのことで良き毛艶の猿を手に入れたのだ。はいそうですかと譲れるか!」
それはまぁそうだ。だが、こちらはこちらで特殊な事情がある。
「あ! 吾が、呼ばれたようだ! 主、後は頼むわ!」
その時、いきなり鸞が俺を離れて駆けて行った。
ええ? 呼ばれた? 久生としてか?
俺は、凄む男と、不機嫌な顔で腕組みしている職人の前に残された。
如何とすれば良いものか……。