釣瓶 6

文字数 875文字

「今時の御城下は、いかがか」
 囲炉裏の火に薪を足しながら、雀鷂(つみ)が言う。
 茣蓙にのべた鸞の前に衝立まで立てる念の入れようだ。
 これから何をしようというのか……。
「さても、変わりばえはせぬと思うが。活気に溢れ、平和な様よ」
 俺はまさに睨まれた

のごとく身を固くしていた。

 囲炉裏の斜向かいで座していた雀鷂が、そっとこちらに身をずらしてきた。
「……兄さんは、盛り場などには行かぬのか」
「行かぬわけでは無い。飲み騒ぐ席が苦手での。他人の狂態を見るとどうにも酒がまずくなる。独り吞みがしたい質だ」
「しっぽり差し吞みとは……ゆかぬのか?」
「己の都合で呑めぬのは嫌だ」
「ほう……乱れるのが嫌か」
 雀鷂が面白そうに笑った。
「己が己を制御できぬのは気持ちが悪い」
「……面白みのない」
 言葉の端に侮蔑があった。
 目の奥に、ギラギラした何かを宿したまま雀鷂は俺を見た。
「たった一度の命ならば、一度くらい狂うのも悪くはないぞ」
 ずいと身体を寄せてくる。
「なぁ、正直なところ、私はどうだ?」
「ん?」
 どうだ……って、なにがだ?
 雀鷂は白い指を立てて、俺の頬に突き付けた。
「こんなところに居るが、且つては城下の花街で押しも押されもせぬ身の上であったのよ」
 俺の頬にグリグリと指先を押し付ける。
 えーと、これは何と言えば正解なのか?
「……それは、よろしかったな」
「よろしかった? 今はどうだと聞いておる」
 それは……難しい問題だ。
 興味の無い種類のモノを評価せよと言われても難しい。
 俺は雀鷂の手を押しのけた。

「気を悪くせんで聞いてくれよ」
 念の為、予防線を張っておく。
「……俺はな、仲間内でも筋金入りの朴念仁と言われるほどには

らしいのだ。花だ色だと言われても、今一ピンと来ぬ。気の利いた言葉一つかけられぬのは、其の方の所為ではなく俺の所為だ」
 さぞかし雀鷂を落胆させるのではと案じたが、どうやらそうではなかった。雀鷂は、益々目に光を得て迫ってきた。衣の裾が肌蹴(はだ)けて白い太腿が露わになる。

「これまた籠絡しがいのある男子が居たものよ」

 俺は固唾をのんだ。
 まさかの逆効果よ。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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