磯の鮑 4

文字数 941文字

 雎鳩(しょきゅう)は大柄な兵部大丞の血を引いたのか、女子にしては背が高い。男の俺と余り背が変わらぬ位だ。それ故、周囲に(はべ)らす者は(ことごと)く己の身長に釣り合う者としている。小柄な従者では主人が悪目立ちする為だ。
 雎鳩の作戦とやらの支度にかかった。おおよそ、俺の予想外で悪笑いに値する莫迦げた計画だ。
「仔細は解った。意図することも理解できる」
「それは有難い」
 雎鳩はニンマリと笑った。俺はムッツリとして答える。
「だが、俺は『木』ではない」
「あら。大丈夫大丈夫! 充分通るわよ」
「それは雎鳩の感想であろうよ。俺は……どうにも無理だと思う」
「じゃぁ、皆さんに聞いてみる?」
「皆さんって……誰にだ?」
 雎鳩は傍にいた侍女に耳打ちすると、侍女は深く頷いて席を外した。
「誰を連れてくる気なんだ?」
 俺はイライラと質問を重ねたが、雎鳩は答えず口元を扇子で隠して目を細めた。
「姫様! お呼びでございますか?」
 ややあって、屋敷に仕える男衆が数人やってきた。先程逢った厨番も居る。
「おお! 待っていたぞ!」
 雎鳩はニコニコしながら男衆を迎えた。雎鳩が俺に目配せをしたので、男衆は俺を見た。
 それぞれ、目をパチクリさせて雎鳩に視線を戻す。
 ん? 俺だぞ? 何を戸惑っておるのだ?
「……僭越ながらお尋ね申し上げまするが、姫様、この方は、どちら様で?」
 厨番の言葉に、俺は目を見開いた。
 マジで解らぬのか? 
 雎鳩は得意顔で答えた。
(ちん)よ」
「「「「は?」」」」
 そこにいる男衆全員が、目玉をかっ(ぴら)いて俺を見る。
 なんだ、その目は。
「ああ、俺だ。鴆だ」
「「「「ええええ!」」」」 
 不機嫌に答えると、皆がこちらに駆け寄ってきた。
 触ってよいか? と俺の身体に触れて感心している。
「いやぁ、これは解らぬ」
「うむ。鴆とは解らなんだ」
「完全にこれは……」

じゃな」
 俺の片眉がピクと跳ねた。
「鏡を此れへ!」
 雎鳩が得意げにこちらへ微笑むと、侍女たちに姿見を持ってこさせた。
「喉仏が見えぬように首元を立衿にして、皮袋に脂を詰めたもので贋の乳を仕立て、手先を見せぬ大袖にして……どうよ」
「どうって……」
 鏡に映った己の姿をみて、俺はげっそりした。
 鸞がおらんでよかった。
 女装させられて侍女に仕立て上げられるとは露とも思わなかったわ。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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