ましらの神 12
文字数 1,106文字
「しかして、ソコなニンゲンに償わせるとして、どうとする?」
渥の主が、目をぎょろつかせて俺を見た。
胸に去来した一抹の疑問がソレに攫われて消えた。
「子女に、主のお子を産んでいただこう」
「しかし、ここにあっては、父が殺さんとする勢いぞ?」
「そこは、主の細君を害した神猿殿に、如何としていただこう」
俺は神猿に視線を移した。神猿は目を細めた。
「ふむ。子女をかどわかせと言うのか」
「無事、出産が済んだら子女をお返しすればよいだろう? 確かカワウソの懐妊期間は二月ほどと心得るが」
「ああ……。春までには子女をお返し出来よう」
「禁を犯して立派な引き出を得たのだから、それなりの代償と納得していただこう」
渥の主は、ふっと微笑んだ。
「さすが、私の術を破るだけあって知恵者だな。誠の名は何と申すのだ?」
「悪さをしないか?」
一応確かめる。
「私と、我が子の命に誓っていたさぬよ」
「白雀と申す」
「うむ。我が眷属にも決して害をなさぬようにきっと戒 めておこう」
そして俯き、顔を上げた時には先程の人の姿に戻っていた。
俺の左腕を手に取り、袖で覆った手で撫でる。
獺に噛まれた傷がみるみるとふさがった。
「では、私は子女にこれからの経緯を話してこよう」
渥の主は、そう言って寝所の方へ足を向けたが、ふと思い出したように振り返る。
「白雀の前途に幸多きことを。……これも、私の術であるよ」
獺が席を外してから、神猿が口を開いた。
「其の方が欲しがっていたモノ。乃公 の供物として養性していたらしいが、約束を果たしたので希望通り受け取るがよい」
そこへ猿の長がやってきて、俺に封をした甕を差し出した。
木の上にあったのは、コレか?
雪の上に甕を置いて封を切ると、ほんわりと良い香りが漂った。
甕の中には、やや白濁した液体が入っている。
ええ? これって……。
「酒だ! ましら酒か!」
鸞が叫んだ。
――コレは己らが見つけたものだ。神に奉じるために養性 している
それはつまり、己らが見つけた木の実を使って神に奉じる神酒を養情していると、そう言うことであったのか?
あまりのことに茫然とした。
「なんと……。俺は、……てっきり鳰の肉だとばかり」
では、鳰の肉はあの木の別のところにあったのだろうか?
「ああ、いや! 主よ、ここであるよ!」
鸞がいきなり甕の中に手を突っ込んだ。
引っ張り出した手の内には、透明な膜に包まれた胆のようなものが握られている。
「おお。それは、渥の主の細君が抱えておったものよ」
神猿の言葉を継いで、長がキキッと言を添えた。
「酒の風味付になるかもと、沈めておったらしいぞ!」
どうやら鳰の胆は、ましら酒に漬けられておったらしい。
渥の主が、目をぎょろつかせて俺を見た。
胸に去来した一抹の疑問がソレに攫われて消えた。
「子女に、主のお子を産んでいただこう」
「しかし、ここにあっては、父が殺さんとする勢いぞ?」
「そこは、主の細君を害した神猿殿に、如何としていただこう」
俺は神猿に視線を移した。神猿は目を細めた。
「ふむ。子女をかどわかせと言うのか」
「無事、出産が済んだら子女をお返しすればよいだろう? 確かカワウソの懐妊期間は二月ほどと心得るが」
「ああ……。春までには子女をお返し出来よう」
「禁を犯して立派な引き出を得たのだから、それなりの代償と納得していただこう」
渥の主は、ふっと微笑んだ。
「さすが、私の術を破るだけあって知恵者だな。誠の名は何と申すのだ?」
「悪さをしないか?」
一応確かめる。
「私と、我が子の命に誓っていたさぬよ」
「白雀と申す」
「うむ。我が眷属にも決して害をなさぬようにきっと
そして俯き、顔を上げた時には先程の人の姿に戻っていた。
俺の左腕を手に取り、袖で覆った手で撫でる。
獺に噛まれた傷がみるみるとふさがった。
「では、私は子女にこれからの経緯を話してこよう」
渥の主は、そう言って寝所の方へ足を向けたが、ふと思い出したように振り返る。
「白雀の前途に幸多きことを。……これも、私の術であるよ」
獺が席を外してから、神猿が口を開いた。
「其の方が欲しがっていたモノ。
そこへ猿の長がやってきて、俺に封をした甕を差し出した。
木の上にあったのは、コレか?
雪の上に甕を置いて封を切ると、ほんわりと良い香りが漂った。
甕の中には、やや白濁した液体が入っている。
ええ? これって……。
「酒だ! ましら酒か!」
鸞が叫んだ。
――コレは己らが見つけたものだ。神に奉じるために
それはつまり、己らが見つけた木の実を使って神に奉じる神酒を養情していると、そう言うことであったのか?
あまりのことに茫然とした。
「なんと……。俺は、……てっきり鳰の肉だとばかり」
では、鳰の肉はあの木の別のところにあったのだろうか?
「ああ、いや! 主よ、ここであるよ!」
鸞がいきなり甕の中に手を突っ込んだ。
引っ張り出した手の内には、透明な膜に包まれた胆のようなものが握られている。
「おお。それは、渥の主の細君が抱えておったものよ」
神猿の言葉を継いで、長がキキッと言を添えた。
「酒の風味付になるかもと、沈めておったらしいぞ!」
どうやら鳰の胆は、ましら酒に漬けられておったらしい。