乙女心と面目 1

文字数 758文字

 驚いた。
 子女に連れ込まれたところは、兵部大丞(ひょうぶたいじょう)の屋敷だった。兵部大丞といえば、いわば国の幕僚(ばくりょう)だ。かつての俺のいたところの(かしら)だ。
 国主殿の館ほどではないにせよ、広い敷地を延々と歩かされて、俺は一つの部屋へ通された。

 殺風景な板の間だった。
 客人に茶を供する小部屋のようだ。正面に円形の窓が切ってあり、奥の庭が借景となって映る。宵闇の薄明かりに青紅葉が揺れていた。

 その窓を背負うようにして座っていた人影が、こちらに命じた。
「笠を脱ぎなさい、白雀(はくじゃく)
 いきなり名前を言われて、ビクッと肩が震えた。
「大丈夫。人払いはしてあります」
 重ねて言われて、恐る恐る笠を脱いだ。
「ふむ……。顔を上げていいわよ」
 先程、俺を馬車に押し込んだ桃色の着物を着た娘……。
 意志の強そうな目元に、紅をひいて口端に力を込めた表情は、さながら戦の女神のような凛々しさだ。
 初めて見る顔だ。
 いきなり名前を呼ばれた理由がわからない。

「こういうのが好みだったんだ……」
 いきなり小さく呟かれた。
「は?」
 思わず怪訝な顔をして聞き返してしまった。
(わらわ)雎鳩(しょきゅう)という。大丞の娘である」
「は!」
 その場にかしこまって頭を下げる。
「あー、だから、頭上げていいって!」
 見れば雎鳩は胡坐をかいて、顔の前でパタパタと右手を振っていた。
 おおよそ高貴の子女という風情ではない。
 俺は目をパチクリさせた。

「あのね、あんまり堅苦しいの好きじゃないのよ」
「えっ?」
「あんた、面白いことになってるわよ。『白雀が遠仁になって城下に祟りを成しに来た』ってさ」
「俺が? 遠仁?」
「そーそー」
 雎鳩は口角をあげてニンマリと笑った。
「ところがその実、白雀は『丹』の力で遠仁を喰えるようになった、ってね」
「…………」
 俺は無言で雎鳩を見つめた。
 このお方は、どこまで何を知っているんだ?
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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