乙女心と面目 4

文字数 1,136文字

「そも、戦場で屍を喰らおうとする犬は沢山いる。お前らはそれらを見分けておるのか? 同じ犬だとよく解るなぁ」
「五月蠅い! では違うという根拠はあるのか?」
「同じという根拠もないなぁ?」

 いきなり横面を張られた。
 咄嗟に受け身を取る間もなく、阿比は横ざまにとんだ。

「舐めるなよ! こちらは面目を掛けて白雀(はくじゃく)を追っているのだ! 戦場で主が白雀と面識があること! かつて白雀が施療していた(きょう)殿の施療院に、主が出入りしていたこともこちらは承知している! 遠仁に味方したとて、良いことなど一つもないぞ!」

――まぁ、それは、重々承知しておる。
 阿比は張られた頬を拭った。口の端が切れたようだ。
――コヤツ、『謳い』相手に何を言っておるのやら。
――「蛙に水練」という言い回しを知らぬのか? 

 呆れが顔に出たようだ。男は益々激高した。
「莫迦にしおってからに! (くぐい)様を襲った白雀が一体何を企んでおったのか、主は知っておるのであろう! お前ら! コヤツを少々小突きまわしてやれ!」
 後ろに控えていた徒組の2人が、持っていた(こん)を構えた。

――おいおい。あんなもので小突きまわされたら、命がいくつあっても足らぬわ。

 男たちを見据えた阿比は、スッと息を吸い込んだ。
「掛けまくも(かしこ)久生(くう) (らん) よ! いざ召し(たま)えよ!」
 突如唱えられた阿比の祝詞(のりと)に、男たちがギョッとして一瞬動きを止めた。
「主……今、何を唱えた?」
「さて、な……」

 周囲の空気がシンと冷えた。

「久しぶりに名指しで呼ばれたと思うたが、なんじゃ? ここは、薄暗うて陰気であるの」
 部屋の隅が薄ぼんやりと明るくなり、袴に薄物を羽織った少女が浮かび上がった。
「なっ、何奴!」
 徒組の男たちが棍を構え直す。
 
 少女は、あら、と男たちに向き直った。
 薄物の羽織を透かしてふくらみかけの胸が見える。
 動揺する男たちに、可愛らしく尼削ぎの髪を揺らして微笑んだ。

(わらわ)久生(くう)じゃ」
「は……なんと。『謳い』は死期を悟って『久生』を召したのか」
 男は、顔にひきつった笑顔を貼り付けた。
「おや、其方(そち)らは何じゃ? その大きな棒で何をしようとしておったのじゃ?」

 少女はニコニコと笑顔と浮かべながら一歩前に出た。

「ほう。妾の贔屓になんぞしようと企んでおったのか」
 そぐわぬ場に現れた見目麗しい少女は、美しいが故に不気味な凄みを湛えていた。相手が人ならぬ者であることもあって、男たちはだんだんと退いていく。
「久生は、逝く者の魂を召すとな? 其方ら、少し考え違いをしておるような……」

 また少し、少女は歩みを進めた。

「水菓子は熟して木から離れたものも美味であるがの、一番の美味はのぅ……()が手でもいだ

よ」
 
 少女は赤い舌を出してチロリと舌なめずりをすると、ニッコリ笑った。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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