梟の施療院 6

文字数 965文字

(きょう)先生! おられますか?」
 
 戸口の向こうから、女の声がした。梟は、俺らに目配せをしてから応えた。

「おう。いかような用件か?」

 一息置いてから、女の声が語りだした。
「娘が熱を出しておりまして、苦しそうなのでございます。咳も出ております。流行りの病かと心配で、先生に診ていただきたく連れてまいりました」

 梟は目顔で隣の部屋に下がっているようにと指示した。
 俺は、右手で(にお)の手を引いて隣の部屋へ移る。
 戸口から目を離さぬようにして、波武(はむ)が低く唸りながら付いてきた。
 阿比(あび)は琵琶を前に抱えて後に続く。

 何だろう。
 左の腕が熱いような……。
 緊張している所為であろうか。

 俺は肩から吊っている左の腕をさすった。

 剣呑な空気に眉根を寄せている俺に、鳰が寄り添う。
 これまで考えたことは無かったが、鳰はいくつくらいの年齢なのだろう。
 身の丈は少年仕官程だが、不安気に身を寄せる様は幼子のようだ。

 戸口が開く気配がした。梟が女を診察室へ引き入れたようだった。
「ありがとうございます」
「さあ、そこの診察台にお子さんを寝かせなさい。診てやろう」
「はい」
 
 梟の声の後に、女が身をかがめる気配。そして、床の上に足を付く音。
「あっ」

 女の短い声の後、拙い小さな足がトテトテと走る音がする。
 娘は体調が悪いのではなかったか? 
 隣の部屋で身を固くして気配をうかがっていると、部屋の扉が音もなく開いた。
 戸の陰から、小さな子どもの丸い頭が覗く。

 阿比が隣で固唾を飲んだ。

 丸い目がキロリと見開かれ、こちらを捕らえた。

 「みーつけた!」
 
 阿比が、琵琶を抱えて掻き鳴らした。

 (じょう) 

「みーつけた……けた……けた……ケタケタケタケタケタケタケタケタ」
 ゾッとする瞳で子どもは笑い出した。
 
 ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ
 ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ

 負けじと阿比が琵琶を掻き鳴らす。

 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 
 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋

「阿比! 白雀殿! 鳰っ!」
 

の後ろで、梟の叫び声がした。
 波武が唸って牙をむく。
 
 ふいに左腕が炎であぶられたように熱くなり、
 俺は仰天して腕を掻き抱いた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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