業鏡 3

文字数 1,046文字

 嫌悪感というか何というか……五月蠅(うるさ)い。

 念波というものは、誠に良し悪しだ。(きょう)は慣れているらしいからどうにも思わないのかもしれないが、これは(にお)の考え全てがこちらに駄々洩れる装置という理解でよろしいか。

 さすがに会話が届く距離にだけ念波が届くよう調整はしてあるが、鳰の鼻歌から独り言まで総て拾ってこちらに届く。本音も建前もあったもんではない。いっぱしに腹黒い俺など、鳰のような環境に置かれれば数時間と持たないであろう。

 すさまじいな、これは。

 思えば、仕草ひとつで何となく思惑が読めるような鳰なのだ。情緒や感情の豊かさなぞ推して知るべしだ。

(どうかされましたか? お疲れならお休み下さって結構ですよ?)
「あ……、いや……」

 隣からひっきりなしに漏れてくる独り言……当人は「独り言」と認識しているかどうかも怪しい……に辟易しているなど、口が裂けても言えない。だからといって、これ見よがしに念波装置を外したら、それはそれで嫌味に見えて鳰を傷つけるだろう。

 とりあえず、……距離をはかろう。

 俺は立ち上がって場所を移動した。

 まずは軽作業から、と、菜園の草取りをしていた。農作業は自宅でもやっていたので慣れている。

 先程から波武(はむ)は、鳰と俺の周りを含めて菜園全体を巡回するように歩き回っていた。竿を立てている豌豆の陰に、灰色の背中が見え隠れしている。時折、蝶を見つけては顔を上げて追い回していた。

 昨夜のことが夢のような、長閑な光景だった。 

 さても、どうしたものか。

 まずは、動けるだけの筋力体力をつけるとして、だ。
 ここに来る遠仁は、残りの贄を取りに来るわけだから鳰の肉を持っているわけでは無い。鳰の肉を抱えている遠仁を探し出すには、こちらから出向くしかないようだ。
 はて……その遠仁は、いかような姿をしているものか。

 ふむ。分らぬことだらけだ。

白雀(はくじゃく)殿! 手が止まっております)
「あ……、おお、すまぬ」
 いつの間にやら鳰がすぐそばに立っていた。

(もー! お疲れなら無理をなされますな! こちらに気兼ねなど不要にございます)

 鳰に襟首をつかまれて引っ張り上げられた。
 なんだこいつ、やけに強気だ。
 今まではこちらに思惑が伝わらぬと心得て、遠慮していたのか?

(こちらから休憩にお連れしなければならぬのですか? 誠に世話の焼ける御仁ですね)
「いや、その……」
(はいはい。御託は結構にございます! 施療院までお送りいたしますゆえ)
「ああ……ええと……」

 俺はうんざり顔で(くう)を見据えた。

 誠に……五月蠅い。


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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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