汲めども尽きぬ 6

文字数 1,107文字

 丁度よい。俺は懐の銀に触れた。雎鳩(しょきゅう)から法外な賃金と餞別を(まかな)われていた。先の村では刀泥棒を退治た謝礼も戴いていた。細かい路銀が尽きてきていたので、ここで両替でもしておこう。 

 賑わっている店先の敷居を跨ぐと、早速と揉み手をした男が寄ってきた。
「これは旦那、如何様な御用で」
「両替を頼む」
「はっ! ではこちらで」
 いくつか仕切った桟敷に案内される。
 包帯で覆った左腕が熱い。
 どういうわけかこの店には青白い玉の状態の遠仁が飛び回っている。さりげなく目で追うと、せわしなく店を出入りしている風だ。無意識に、鸞を抱き寄せた。鸞が、解っている、という印に俺の衣の裾を引いた。

「旦那は奥方連れで湯治でございますか。羽振りの良いことで。して、両替の品をこちらに」
 と、男が皿を取り出したので、懐の丁銀(ちょうぎん)を乗せた。男は眼鏡で刻印を確認して、城下のモノですな、と頷いた。
「ええー……今の相場ですと……」
 と計りに載せて算盤をはじく。
 これで、と数字を見せる。
「いや、全部崩す気は無い。その三分の一程でよい」
「ああそれでは、ここは分銀に両替して……」
 男は再びパチパチと算盤をはじいた。
 全部を銭にしてしまったら取りまわししにくくて仕様がない。
「では、かようなことでは?」
 やっと現実的な数字が出てきた。俺はそれで手を打つことにした。

「麗しい御内儀を連れて、どこぞの店の若旦那様でしょうかな? ここの湯は気に入られましたかな」
 男が軽口をたたきながら銭を勘定している間に、ふと人影が寄ってきた。
「さても商家の若旦那がこないな傷物であるものか」
 鈴を振るような声が響く。整って陶器のように白い顔。黒々とした髪は結い上げられてビラビラの簪が挿頭(かざ)してある。年の頃は鸞とあまり変わらぬ風に見える子女が、草花刺繍の見事な朱の衣を纏って立っていた。
 人形(ひんな)と言っていたか……。この者が、琴弾様であるな。
 チラリと見上げた俺と目が合った。
 美しく、澄んだ瞳である。
 俺の左腕にとっては、熱の塊が近寄ってきたような様だ。何を素材にして創り上げた人造人間であるのか。
 鸞が、俺の右腕をぎゅっと掴んだ。そうか、コヤツか……。

「こんな年増を連れ歩くとは、物好きな」
 琴弾は袖で口元を隠すと、笑いを含んだ声で鸞を流し見た。
 見なくても解る。鸞の怒気がメラリと上がった。
「たかが作り物風情に言われとうないわ」
「ふん。ソチには用は無い! 其処な男子に話があるのよ」
 袖を下ろした向こうにあった薄い唇は、両端が三日月のように引きあがっていた。
「切願を立てておるような。我を働かせる気は無いか? 頼もしい力になろうぞ」
 コヤツ、自分が何を言っているのか解っているのか?
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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