磯の鮑 7

文字数 980文字

「あ……(つがい)舞の『落蹲(らくそん)』なら舞ったことがある」
 『落蹲』は『蘭陵王』の番舞の演目だ。かつては隊が右方左方に別れていた為、それぞれが得意の演目を持っていた。今では統括されているので左右の違いは無いが、名残として残っている。独りで舞えば『落蹲』。2人で舞い合わせれば『納曽利』となる。
「あら! それは良い!」
 (りゅう)が手を叩いて握り合わせた。
水恋(すいれん)と、組めるぞ!」
「ん?」
 俺は皆を見回した。何の計画だ?
「宴会芸で、これまで水恋ちゃんが『落蹲』を舞っていたのだけど、2人いれば『納曽利』が舞えるわ! 素敵!」
 魚虎(ぎょこ)も、目をキラキラさせてモチモチした手で俺の手を握った。
「いや、なんで女子が『落蹲』を?」
 『落蹲』は動きの激しい男舞である。女子が舞うのであれば、稚児舞である『胡蝶』や『迦陵頻(かりょうびん)』がふさわしい。
「やだー! 私たちが『胡蝶』なんて舞ったら『蚕蛾(かいこが)』になっちゃうでしょう」
 翡翠が身をクネクネさせながら高い声を出した。
 ここは、うん、と言ったらヤバいところのような……。
 ん? でも、ちょっと待てよ。
「それって、女装した俺が男装して舞えということか?」
 俺の指摘に女子どもは袖で顔を隠して笑い転げた。
 ややこしい! 実にややこしいぞ!

「じゃあ、とりあえず、やってみましょうよ」
 やっとで笑いの潮が引いた後、魚虎が立ち上がって、どこぞへ引っ込んだ。鶹が懐からスイと取り出したのは篳篥(ひちりき)だ。翡翠はいつの間にか龍笛(りゅうてき)を手にしている。戻ってきた魚虎の手には鼓が抱えられていた。
「はい。鶉ちゃん。(ばち)が無いから扇子で代用ね」
 水恋に扇子を手渡されて、俺は茫然とする。
「今? ここでか? この格好で?」
 俺は作り物の乳を見下ろした。下が……足元が見えぬ。
 ところで、筋肉女子かと思うたら、この者ら只者ではない。
「主ら……何処の御子女であるのか」
 魚虎がニッコリと笑った。
「ここに居るものは、皆、兵部の関係者。上級以上の仕官の子女は皆、楽を嗜むものですよ」
 言っている傍から、翡翠が龍笛を吹き鳴らし始めた。
 魚虎が鼓を桴で叩いて調子を取り始める。
 俺の……知らない世界だ。
「鶉ちゃん、そこに立って!」
 水恋に指示されて、向かいに立つ。
「久しぶり過ぎて、振りを忘れておったら済まぬ」
「もちっと可愛く、女子らしく恐縮しなさいよ」
 ダメ出しがキツイ。コヤツら、鸞よりも厳しいかもしれぬ。
 
 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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