業鏡 6

文字数 706文字

 計里(けり)とその主、(しぎ)は施療院の離れに逗留することになった。(にお)が寝所と湯屋の準備をしている間に、俺と(きょう)は食事の仕度をした。
 鴫の伴の者が俺の元同僚であったことを話すと、梟は、かような巡り合わせもあるのだな、と驚いた。

「それにしても面妖なことじゃ……」
 梟は腕を組んで大きく息を吐いた。
「儂の見立てでは、鴫殿の目は治っておらぬ」
「なんと! しかし、計里の話では治療の甲斐あって治ったようだと……」
「否。アレは……見えておらぬな」
 なのに、周囲が「甲斐あって治ったようだ」いい、と本人は「見えないものが見えている」というのは、いかなることなのか。

「普通に見えるようになるのか?」
「うむ。見えぬ理由は目の濁りだけであるから、こちらで治療は出来る。ただ、今『見えている』というのがどうもおかしい」

 ふむ。不思議な話もあるものだ。
 俺は梟と共に仕上げた料理を持って離れへ運んだ。

 内にいた計里が配膳を手伝ってくれた。
 部屋の奥に控えていた高齢のご婦人が、上品に微笑んで頭を下げる。

 あのお方が鴫様か……。

 こちらも丁寧に頭を下げる。 
 と、左腕がズキリと痛んだ。思わず真顔に戻る。
 俺の様子に気付いた梟が、さりげなく部屋を見回した。

「どうしたのだ?」
 離れを出てから梟が俺に訊いた。
「仔細は分からぬが、鴫様の顔を見たら左腕が痛んだのだ」
「ふむ……」

 庭先に目を移すと、波武(はむ)が大欠伸をして伸びていた。
 警戒している様子は微塵もない。

 どういうことなんだ? 

「よくわからぬが、気にはなるな」
 梟は後ろ頭を掻いた。
「念のため、明日の処置をお主も手伝うてくれぬか?」 
「……承知した」

 俺は離れの戸口に振り向きながら、左の腕を撫でた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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