伏魔の巣 10

文字数 626文字

 波武(はむ)の背に揺られて酔ったのか腹の中のアレの所為なのか、俺は脂汗にまみれながら必死にしがみついていた。汗の塩が、鞭の傷に染みて全身が熱を持ってひりつく。

「どこに……行くのだ?」
 突き上げてくるモノを必死に抑え込みながら、跳ね上がるように駆ける波武に問うた。
「この世で最もキレイなところさ」
 波武は(うた)うように応えた。

 多分、城下のどこかを駆けているのだと思うが、周囲の景色は水のごとく流れ、今どこをどのように移動しているのか判らない。それでも、取り巻く風が土埃の臭いから草いきれにかわり、城下を抜けたことはわかった。
 やがて、湿った土の臭いとヒヤリとした風が纏いつき、どこぞの森に入ったと知れた。

「ほれ、着いたぞ」
 その時には俺の吐き気はもはや限界だった。
 背中から転がり落ちるようにして地べたに(うずくま)ったら、そのまま瀧のように中身を吐いた。真っ黒な油のようなものがごぶごぶと吐き出され、あっというまに溜まりが出来た。
 苦しいは苦しいが……。
 俺は咳込みながら思った。
 塊を吐くよりはマシだ。
 だが、今回は中身を吐き終えてもムカつきは落ち着かなかった。
 我慢しすぎた所為か。

「すっきりしたか?」
「まだ……ムカムカしやがる」

 こんなになるんだったら、波武の背でぶちまけてやればよかったか? 恨みがましい上目で波武を見やると、波武の背越しに純白の花も麗しい見事な樹木が見え、俺は言葉を失った。

「ここは……どこだ?」
「沙羅の(みさぎ)。……お前らのいうところの『忌地(いみち)』だ」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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