堕ちた片翼  4

文字数 697文字

 (にお)か。
 先ほどの音の所為だな。
 俺は足元の砕けた湯呑に視線を落とした。

「鳰、すまぬ。湯呑を割ってしまった」
 声を掛けると、鳰は戸口から顔をのぞかせた。
 俺らに面を向け、湯呑に向いてからいそいそと室内に入ってくる。左手に屑入れを持ち、割れた破片を拾い始め、俺が腰を上げると、手で制した。

(お怪我はなさいませんでしたか? 白雀殿の

では危のうございますので、ここは私が)
 俺のどこが

だって? まぁ、鳰の作り物の手よりは柔らかいかもしれぬが、相変わらず言い方がひどい。小莫迦にしている。

「手間をかけたな」
 言い返したい気持ちをグッとこらえて、ここは労うだけに留めた。

「よくできたカラクリだな。さすがは煉丹も修める(きょう)殿だ」
 屈んでいる鳰の背を見ながら、鷹鸇(ようせん)が唸った。
 いや……、と言いかけた俺を、また鳰が制す。

(色々と面倒くさいので、カラクリだと思わせておいてください)

 湯呑の破片を拾い集めた鳰が、立ち上がって踵を返す。
 鷹鸇がふいと目配せしたかと思ったら、鳰が派手に転んだ。
 手にしていた屑入れが飛び、中身の破片がカラカラと音を立てて転がる。

「あっ……」
 慌てて立ち上がり、鳰を助け起こした。
 目の端で鷹鸇の足がするりと引っ込んだのが見えた。

 貴奴、鳰に足を掛けおった! 

 奥歯をギリッと噛みしめたのを鳰に気取られた。

(ここは納めてくださいませ。私は、大丈夫です)
 
 倒れた屑入れから飛び散った欠片を再び拾い集め、鳰は部屋から出て行った。

「案外と足元は暗いのだな」
 
 鳰が出て行った扉を見つめ、独りごちた鷹鸇をぶん殴って遣ろうかと思った。殊勝なことを言ってもやはり貴奴、性根(しょうね)はクズのままだ。

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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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