射干玉 10

文字数 891文字

「阿比は、既に鳰の元に行ったであろうか」
 
 切通を遙かに抜けて、山も下り坂に入った。
 雨が上がって、街道には人の行き交う姿が戻ってきた。
 蓑姿に笠を背に引っかけた鸞が、さてどうであろうな、と首を捻った。
「一つ仕事を終えてから戻ると言っておったから、そろそろ着いていても良いが」
 戦場での仕事にも臆することなく、『謳い』にあっては並みならぬ域と思える阿比だが、はて、鸞との付き合いは長いのであろうか? 
 鸞に問うと、意外に渋った。
「阿比についてか? ……ここにはおらぬ者の仔細を話すのは性に合わぬ。本人としては余り知られたくないこともあるかもしれぬから、施療院に戻ってから直接尋ねるとよい」
 まぁ、短くはないとだけは言っておこうか、と鸞は呟いた。
 流石に口が堅いのだな、と苦笑した。では……
「主ら、俺のことを『美味い』と断言しているのは何故だ?」
其方(そち)だって、美味い果実を『見かけ』で選ぶことが出来よう? そういうものだ。ああ、この場合の『見かけ』は目に見える姿かたちと言う意味では無いからな」
 神の目には、俺はどう映って見えるのだ? 謎だ。

 道は平地に入った。
 街道の先遙に、こじんまりと寄り添った家並がみえる。次の宿だ。

「久生には、『丹』のことは解るか? 何故、俺には『丹』が付いたのだろう」
「むー……それは微妙な問題だなぁ」
 鸞はまた首を捻った。
「人間はそもそも『丹』の意味をはき違えておるからな」
「俺は……『丹』は不死不滅の効を持つと聞いたが?」
「ああ、そうよ」
 あっさり答えた鸞に、俺は目を瞬いた。でも俺は、普通に血を流すし、腹も減るし、痛い思いもする。どういうことだ?
「『丹』は、命を拾う為だけのものだったのか?」
「まぁ……そうとも言えるな……」
「『丹』が付いたものは、皆、遠仁を食うのか?」
「んー……かもしれぬな……」
「……やけに曖昧に答えるではないか」
 横目に見ると、鸞は、ははは、と笑い出した。
「それは、吾も『丹』が付いた者に会ったのは初めてだからよ」
「ええ……」
 久生がどれくらいの時間、存在しているかしれぬが、俺はそんなに珍しい者になってしまっていたのか? 
  
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み