掌(たなごころ)の月 5

文字数 882文字

 (くりや)では(にお)(らん)に左右から鼻歌を聞かされ流石に辟易としたが、鼻歌の出所は知れた。阿比(あび)だ。
 まぁ……予測はしていた。そうであろうよ。

 波武(はむ)まで加わって、和やかに夕餉を終えてから、俺は(きょう)から意外なこと聞かされた。現国主殿、(くぐい)の事だ。
「あのお方は、なかなかに苦労をされた御仁であるよ」
 手の内で湯呑を弄びながら、梟は語った。命とは言え、『丹』の研究をしていた梟。当初は梟も充分共感を得るだけの説得力のある命であったらしい。
「御母君は前国主殿の第二婦人でなぁ……、鵠殿の嫡位は、もともとあまり高い方では無かったのじゃ。それが、先の疱瘡の流行りで母君を亡くされ、母方の後ろ盾が弱くなった。(さと)い方だったからの。それは辛いお立場になった」

 俺は醜聞の類にあまり興味の無い方だ。政争に絡むような立ち位置からはかなり遠いところに居たので、雲上人の私生活など関係が無い。どこの(おみ)が誰ぞと縁組しただの知っていても腹は膨れぬ。宿舎で同宿の者が酒の肴に語っているのを聞いて、まぁかようなことがあるものか、と相槌を打つ程度だ。

「嫡位上位の異母兄殿が疱瘡で去られたり、不幸な事故で亡くされたりして、成人されて大分してから国主殿として現在の位置に付かれたのだ。御母君や兄上に先立たれて、生命(いのち)に障るような病には大変心を痛めておられた。『丹』の研究も、病を退けるため、特効薬を得るため、と言われ着手したのじゃが……」
 梟は一旦言葉を切って、黙した。
「いつのまにやら『不死不滅』の研究になっておった。どこで……変わってしまったのであろうなぁ」

 どうにも抗えぬ「病」という存在に打ち勝つには「不死不滅」であることが究極の策なのだと、そう国主殿は思い至った……ということなのか。

「鳰の移植は今夜から始めるのか?」
 俺はあえて話題を変えた。
 梟は、はっと顔を上げて俺を見た。
「ああ。善は急げと言うしな。あのままの肉塊で置いていても仕方がない。繋げられるのであれば早々に繋げてやろうよ」
「鳰の……手か」
 どんな感触なのであろうな。
 厨の方から聞こえてくる鳰と鸞のおしゃべりに耳を傾けながら、俺はふっと息を吐いた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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