掌(たなごころ)の月 10

文字数 726文字

 俺が城下に戻ると聞いて、(にお)は微妙に態度を渋った。
 そんなに()かなくても良いではないか、と言うのだ。

「済まぬな。俺に俄然やる気が出てしまったのだ」
 
 ただ鳰に手が付いただけでこんなに気持ちが(はや)るのだ。
 もっともっとと欲も出る。

(御無理はなさいますな。急いてはなんとやらと申します。私は、ただただ、白雀殿の身を案じておるのです。蓮角とやらに追われている状況なのも変わらないのでございましょう)
「それはそうであるが、いつまでなどと申していては先に進めぬ」
「良いわ! ()もコヤツに加勢する故、案ずるな!」
 (らん)が偉そうに言い放つ。
 いや、まぁ、充分に心強い加勢なのではあるが……。
 俺と鳰はふんぞり返っている童子を見下ろした。
 その成りでおられると、何とも言い難い。
「鳰のことは波武に任せたぞ! 粗相があったら承知せぬからな!」
 偉そうな鸞に、波武は眉間に皺を寄せてワフゥと小さく吠える。

「白雀殿」
 奥から(きょう)が出てきた。何かを手にしている。
「元武人の主が丸腰であるのが気になっての。これを……」
 梟が布袋から取り出したのは、合口(あいくち)だった。簡素な黒漆の鞘に収まった刀身は小ぶりながらもゆったりと(のた)れた波紋を描き、それなりの刀工の作と見えた。
 これは、と梟を見ると、僅かに寂しさを湛えた微笑みを浮かべて語りだした。
「これはもともと娘の守り刀として誂えたものだ。娘亡き今は、仕舞い込んだままであったが、チキンと刃も入っておる。先日研ぎ直しておいた。どうか使ってやってくだされ」
「ありがたい」
 俺は合口を布袋ごと押し頂いて、帯の間に刺した。
「また、取り戻したら戻ってくる」
 鳰の温かい手を取った。
 つい、頬を寄せたくなるのを抑える。
 まだ、俺の仕事は始まったばかりだ。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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