麦踏 8

文字数 676文字

 寝所から梟がニコニコしながらでてきた。
「2人ともはしゃぎ過ぎだ」
 夕餉の支度もそこそこに船をこぎ出した2人を見かねて、ちょっと休んで来いと促したらそこから2人とも爆睡らしい。
 まぁ、昨夜は夜明ししたのでちょっと時計が狂っているのであろう。鸞はともかくも、鳰は可愛いもんだ。
「適当に雑炊でもこしらえておこう。大したことはしないので手伝いは要らんぞ」 
 そう言って、梟は(くりや)に引っ込んだ。

 俺と阿比、波武だけ部屋に残された。
「阿比殿は、『碧き湖沼』のあたりへ行ったことはあるか?」
「いや。あそこは立派な屋代がある。私のような流しの謳いは必要とされない」
「……そうか」
 俺も話には聞くが行ったことは無い。
「あそこが、どうかしたのか?」
「……うむ。もしかすると、鳰と関係のある人がいるのかもしれぬと思うて……」
 俺の言に阿比は首を傾げた。
 『碧き湖沼』は別荘地。高位の役人や豪商が、夏の間に過ごす別宅が居並んでいる。それぞれの屋敷は閉鎖的で、出入りの商人くらいしか訪うことは出来ないらしい。訪れたところで積極的に情報を探るようなことは難しいだろうが……。

「いずれかの屋敷に狂女が囲われているという噂を聞いて居るのだが……。もしかすると『イリエ』という言葉に関係があるかもしれぬ」
「イリエ、ねぇ……」
 阿比はますます怪訝な顔をした。
 そうか……屋代があるのか……。
 思案しつつ、横目で波武を見た。
 知らん顔して目を閉じて寝そべっている。
 何故、あんなに惚けるのか。
 余計に「黒である」と証明しているようなものではないか。
 鸞と波武は、一体何を隠しているのだろう。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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