賜物 4

文字数 1,135文字

 雎鳩の部屋へ行こうと鸞と廊下を歩いていると、先から数人の(おみ)と思しき者らが来るのが見えた。見慣れぬ者らだ。客人か、と俺は控えて身を低くして待った。
「おや、其方は先日の宴で見事な舞を披露した娘御であるな。兵部大丞殿もさぞかし鼻が高かろう」
 すれ違いざまに客人が声を掛け、俺は益々頭を下げた。後から来た大丞殿が、手前味噌ながら、と謙遜しつつ、
「我が娘の見る目は確かでありますよ」
 などと自慢している。雎鳩は父君にどこまで話しているのであろうか。俺は黙ってやり過ごした。

 雎鳩の部屋へ着くと、不貞腐れて円座に足を投げ出していた雎鳩から、早速盛大に文句を浴びせられた。
「もー! 退屈ー! 白雀、いっつも精鋭のとこに入りびたってるんだもの。烏衣の件はもう解決したのだからこっちに来てたっていいじゃない」
「ああ……まあ、そうなのだが……」
 雎鳩の向かいに座りながら、俺は頭を掻いた。鸞が精鋭に可愛がられているので、自然に鸞に引っ張られてあちらに居着いてしまうのだ。苦笑して鸞に振り返ると、鸞は明後日の方を向いてツンとしていた。
「先程客人が来ておったようだな?」
「ええ。民部大丞殿ね。近頃市中に贋の丁銀が出回っているとかで、兵部が出張って警邏をしてるからその件じゃないかな。ね、それより何か、面白そうなことは無い?」
「面白そうというか……」
 俺は先程の肝試しの話をした。雎鳩の目の色が変わる。
「まぁ、それはいいじゃない。遠仁絡みかぁ……。私も乗っちゃおうかな」
「うぐっ!」
 後ろで変な声を出して鸞が(むせ)た。
「……何よ! ボクちゃん、今回戻ってきてからやけに私に対して突っかかるじゃない?」
 雎鳩が頬をふくらませて抗議した。突っかかる? 
「いや、鸞は精鋭のモノらに気に入られているだけで、雎鳩に愛想をつかしているわけでは……」
 俺が鸞の弁解をすると、当の鸞が手で俺を制した。
「突っかかると思うたのだったら、心当たりがあるであろう? お主の行動には謎が多すぎるのだ。ここらで洗いざらい吐いてはどうだ?」
「え?」
 俺は目を瞬いた。鸞には、何か思うところがあるようだ。雎鳩は眉間に皺をためて絶句した。確かに雎鳩の情報は一体どこから来るものやら、いつも謎だらけだ。しかし……。
「鸞、雎鳩は俺らに協力を惜しまず、蓮角から匿ってもくれている。それを疑うなど失礼ではないか」
 鸞は俺を見つめ、渋い顔で溜息を付いた。
「白雀よ! 確かにこの女子は我々に協力的だ! だが、それは何故なのかは知らん! お主は知っておるか?」
「う……それは」
 俺は雎鳩を見た。雎鳩は先程の険しい表情のまま鸞を凝視している。鸞は懐から黒い平べったいモノを取り出した。影向殿の甲羅の欠片だ。
「雎鳩! 主は、鳰の肉を抱えておるな?」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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