瑞兆 1

文字数 472文字

 新嘗の天覧席にて奉納舞を観覧していた若君は、ふいと顔を上げて隣に座している母に声を掛けた。

「先の舞は誠に見事でございました。つきましては、花を添えに参りとうございます」
「ほう。其方も気に入りましたか。花鶏(あとり)も腕を上げましたね。妾からも一つ添えましょう」

 紅葉の枝に花代を付け、若君に手渡す。
 若君は丁寧に母に一礼してから天覧席を離れた。

 今年15になる若君は元服を終えたばかり。母に似た優し気な面立(おもだ)ちと、御付きの学者が舌を巻くほどの聡明さを持ち、城下の民には先行きの楽しみな次期国主として親しまれている。

「波武、ちと、若の様子を見て来ては呉れぬか」
 若君を見送った母は、扇子で口元を隠して後ろに控える銀髪の家臣に小声で話しかけた。

 家臣はひざまづいて(かしこ)まったまま、ふっと笑みを漏らす。
鷦鷯(しょうりょう)様、お言葉ですが朱雀(すざく)殿はもう大人でございますよ。いつまでも心配して追いかけまわしていては厭われます」

「……そうか? 妾にはまだ産毛の生えた雛にしか思えぬよ」
 溜息を付いて扇子をヒラヒラさせる鷦鷯に、波武は苦笑して「今日だけですよ」と念を押して席を立った。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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