汲めども尽きぬ 8

文字数 1,218文字

 琴弾は、ある傀儡師が連れてきた人形(ひんな)で、それも特殊な錬成をした「持ち主の願いを叶える人形」であるという。
「大規模な災いの跡地や古戦場などの土を集めて作った形代に複数の遠仁を込めた……いわゆる『生きたい』という人間の一番強い『欲』で作った人形(ひんな)であるよ。そのものが強い欲を持つ分、大変よく希望を聞く。……聞きすぎるほどにな。次から次へと願いを叶えては『お次は何か?』と要求を迫るのだ」

 では、アレが遠仁の塊だったが故、俺の左腕が反応したのか……。
 
「アレを連れてきた時、傀儡師は既に疲弊しておったよ。金、女、名声、思いつく限りの欲を人形に叶えてもらったはいいものの、更に更にと要求を迫られる。何もかも嫌になって『静かなところで暮らしたい』と、当時は片田舎のうらぶれた温泉地であるこの町へやってきた。町の者に『願いを叶える人形(ひんな)』と琴弾様を紹介したので、町の者らは狂喜して色々琴弾様にお願いした。それから、この町は変わった。どんどんと栄えていった。それは……琴弾様が皆の願いを叶えるために、付き従えていた遠仁を使役してのことであるとは、誰も知らなかった」

 猿子(ましこ)は、ここで苦しそうに一息ついた。

「ある時、傀儡師が亡くなった。ここはもともと屋代を構えるほどの規模は無く、いつも私のような流しの謳いが来る町だったのだ。だが、傀儡師の弔いには、私らは呼ばれなかった。傀儡師の魂は遠仁となって琴弾様に使役されるようになった。傀儡師だけではない。琴弾様が来てからというもの、この町で亡くなった者の殆どが、死後遠仁となって琴弾様の下僕として使役されている。この町は、死後のことはどうでも琴弾様に頼って人生を謳歌することを選んだ者と、琴弾様を恐れて目の届かないところに隠れて暮らす者とに別れてかような姿になりもうした。本来のこの町の有様は、この裏路地の様相でございますよ」
「琴弾様に隠れて……というのは?」
「琴弾様は人の願いを敏感に感じとられる。遠仁を蓄えて力を強めるとともに『願いを叶えたい』欲も強まって、心を読んででも願いを叶えようとするのだ。今も、両替屋に居るのであろう? 今、一番欲の強い男が、あの店に居るからよ。あの男が

と言うたら琴弾様は(くび)り殺して次に移るであろうな」
 俺は鸞と顔を見合わせた。 
「では……」
「傀儡師は、願いが尽きたと言って、琴弾様に縊り殺されたのよ」
「猿子殿は、何故そのように御詳しいのか?」
 俺の問いに、猿子は悲しそうに笑った。抱えている琵琶を嫋と爪弾く。
「……傀儡師の遠仁から、直に話を聞いたのだ。悔いておいでだったよ。琴弾様を創り上げてしまったことを……大変に悔いておいでだった」

 ということは、琴弾自身は、己の欲のままに「願いを叶える」ことには執心しているが、鳰の肉のことは知らぬ可能性があるということか。だから、我が身を構成する遠仁が喰われることを知らずに、「こちらの願いを叶える」という申し出が出来たと……。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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