禁色の糸 1

文字数 899文字

 翌朝、身支度を整えて鸞と施療院を出た。
 鳰と波武が門のところまで見送りに付いてきた。
(白雀殿!)
「ん?」
(右腕を出してくださいませ)
 何のことやら、と言われるままに右腕を出すと、鳰が手にしていたモノを俺の手首にくくった。翡翠の玉を編み込んだ玉の緒の守りだった。
(刺繍の(たぐい)

不器用で難しかったので、結びで勘弁してください)
 肩をすぼめて小さくなっている鳰が

可愛らしかった。
「気持ちだけでも有難いよ。これで、鳰も一緒に居るような」
 頭でも撫でてやりたい気もしたが、子ども扱いはがっかりさせるかと控えた。
「おや! 吾のは?」
 鸞が首を傾げて見上げたので、鳰は目に見えて狼狽えた。
「これ、困らせるな。鳰はまず一つで手いっぱいだったのだ。察しろ」
(つ、次は、鸞の分もこさえておきますっ!)
「頼んだぞ!」
 満面の笑みの鸞は、空気を読んでいるのかそれとも素であるのか。裏に企んでいる影を思うと、なかなか穏やかにもいられぬのだが……。
――終いがあるのなら、素直に今を楽しもうと思える!
 昨夜、鸞が俺に言った。ヒトであれば普通の感覚なのであるが、鸞には救いなのだな。

 施療院が見えなくなってから、俺は鸞に今後の首尾を説明した。先の戦場は城下の南に位置する。主たる街道を使うと、城下へ行ってから南下する道のりになるが、城下で要らぬことに巻き込まれて時間を取られたくない。このまま側道をたどって、点在する村や町を渡って行こう、と。
「うむ! 気候も良いし、良いのではないか?」
 鸞は頷いた。
「時に、影向殿の甲羅は如何と?」
「今は施療院の方しか指し示しておらぬよ!」
 そうか。俺はちらと後ろを振り向いた。ここらに取りこぼしはないということだな。
「ところで、鸞は、野蚕の類は知っておるか?」
 鸞は閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)を追いかけておったから虫は平気そうであるが、三月虫(みつきむし)は結構大きな蚕蛾(かいこが)だ。
 鸞は俺を見上げて首を傾げた。
「知っておるよ。どれのことだ?」
「三月虫だ。今時分なら、気の早い繭が羽化しておる頃だな」
「ほう! 次の遠仁は虫か?」
「いや、その三月虫の餌になる神樹の方よ」
 鸞は目を見開いて、へー、と目をパチクリさせた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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