賜物 6

文字数 1,073文字

 自分が勝手に告白したせいで雎鳩が混乱しちゃってるから、ちょっと席を外してほしい。そう言われて、俺らは部屋を追い出された。
 俺は鸞と共に、ぴしゃりと閉じられた戸の前で茫然と立ち尽くしていた。
「身体を共有していると言ったが、一体どうなっているんだ?」
「さて? 吾も解らぬ!」
 鸞もしきりと首を捻る。今まで俺らが話をしていたのは、雎鳩本人ではなく雎鳩の中にいる遠仁……だったのか。だから、同じく鳰の肉を持つ者同士が分かり、俺を導けたと、そう言うことなのか。
 しかし、身体は共有していても、記憶は共有しているわけでは無いらしい。入江のことは、雎鳩本人よりも雎鳩の中の遠仁の方が知っているという。俺が知りたい肝心な情報は、雎鳩本人に知られたくない情報でもあるらしい。波武とはまた違う意味で、語れぬ話であるようだ。
 だが……。
 俺は踵を返すと廊下を戻り始めた。鸞が慌てて付いてくる。
「何処へ行くのだ?」
「俺の、控えの部屋に戻る。……そこで、ちと鸞に聞いてもらいたいことがあるのだ」
 宴の席で、ふと沸いた光景のことだ。
 考えを整理するために、鸞に聞いて欲しかった。
 
 夏の日は長い。まだ傾くには早い薄明かりの元、俺と鸞は対面で座った。
「都が言っていた新嘗祭の話、覚えておるか?」
「覚えておるも何も、三回も念を押されたぞ!」
 口を尖らせる鸞に、俺は苦笑した。胡坐の膝に肘を預けて、俺は窓の外に視線を送った。
「あの口ぶりから察するに、都の認識では蓮角が『蘭陵王』を舞っておったようになっていたがな、やはり、舞手は鷹鸇(ようせん)だ。蓮角ではない」
「どういうことだ?」
 鸞が目を瞬く。 
「『蘭陵王』と『落蹲(らくそん)』は(つがい)舞。どちらも別衣装と面と冠をつけて舞う。観ておる者には、誰が舞っておるのやら解らぬ仕様だ。俺の記憶では『蘭陵王』の舞手は鷹鸇ただ一人。では、番舞を舞っていたのは誰だったか?」
「それが、蓮角?」
 俺は頷いた。
「番舞の控えの部屋は同じなのだ。俺が一時『落蹲』を勤めたので知っている」
「では……」
 鸞は目を見張った。
「面冠を取って、裲襠(りょうとう)、上衣を脱いでしまえば舞手がどちらかなぞ分からぬよ」
「入れ替わったというのか?」
 新嘗祭の奉納舞では、観覧していた者が舞手を桟敷に呼び直接御捻り(おひねり)(そなえもの)を手渡すのはよくあること。都、入江も、そうしたのであろう。
「鷹鸇が臆したのか、蓮角が出娑張(でしゃば)ったのかは知らぬが、俺が『蘭陵王』の舞手だと都入江母娘(おやこ)の前に馳せたのが蓮角だったのだな。そして、これが当たりと言うのなら……」
 俺は両の手で顔を覆った。
「鳰の父親は…………蓮角ということになる」 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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