紅花染め 12

文字数 805文字

「違う……。そうではない。俺は……決して鳰の人生には添えぬ。だが……鳰が、俺を求めるのは良い。それは、止められぬと解っている」
「妾も、伯労から聞き及んで居ります故、其の方の辛い立場も、ある程度は理解しているつもりでおります」
 雎鳩はゆっくりと瞬いた。
「『かつて伯労は居りました』と、そう鳰には話しました。『白雀との間に何があったのか知りませぬし、伯労がこちらに戻ることもありませぬ』と、そう話しておりますよ」
「……手間をおかけした。気遣い痛み入る」
 俺は雎鳩に深々と頭を下げた。

 施療院へ戻った俺は、厨を覗いて鳰が独りで居るのを確かめた。
「遅くなった。皆、夕餉は済んだのであろう?」
 残った飯でにぎりめしを作っていた鳰は、笑顔で振り返った。
「よかった。すっかり さめてしまうところにあった」
「遅れていただくぞ」
「はい」
 椀を引き出して汁物を準備しようとしている鳰の頭を軽く小突いた。
「もう! いきなり なにを しなさる」
 憤慨する鳰に、俺は不機嫌な顔を作った。
「俺の傷口に塩を摺り込む真似をするからよ」
「におが なにをした?」
 ぷうっと膨れた鳰を見て、俺は思わず吹き出した。
 駄目だ。怒った振り失敗。
「俺を手ひどく振った女子の話をほじくり返そうとしたであろう?」
「ふった? はくりゃくのの ふられたのか?」
「何度も言うな! 鸞はともかく、雎鳩様にまで言われては、さすがに凹むわ」
「へー めめしいのう」
「五月蠅いわ!」
 なーんだ、と溜息まじりにつぶやいた鳰は、椀になみなみと汁物をよそった。
「こんなに食えるか!」
 文句を言うと、鳰はオマケだ、と笑った。
 ああ、そうだな。かつてはこのようなノリであったよ。
 ふっと懐かしい気持ちがこみ上げてきた。
「ふられたら あんなに なくのか?」
「また言うた! ……ああ、泣くのよ。目玉がとろける程な! そうしたらスッキリするのだ」
「へぇー……」
 鳰は目を丸くして俺を見上げた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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