隣の花色 5

文字数 999文字

 久生のことはよく解らぬが、どうやら、噪天(そうてん)は久生の中では随分と年若く、(らん)は相当の手練(てだ)れと見えた。代々屋代に下ろされているという噪天でさえペーペーの若僧ということは、鸞の抱える年月は想像もつかない。それは……つかみどころがなくて付き合い辛いという阿比の言葉にも納得というものだ。

 鸞は、手助けした噪天にすっかり懐かれた。
「兄者様とお呼びしてもよろしいか?」
 余りの掌返しに気味の悪いモノでも見るかのような目で噪天を見返す。
「……()は女子にも化けるぞ」
「では、先輩っってお呼びいたします!」
「……其方(そち)、昨日は吾のことを『野良』呼ばわりであったくせに」
「あれはっ、私がモノ知らずだったが故の狼藉! 今なればどんなお叱りも甘んじて受けまするっ!」
「……だったら、離れろ。気持ち悪い」
 鸞はゲッソリとした顔で、噪天をシッシと追いやった。

 俺は捕り方と一緒に屍を検分していた。後ろからバッサリの上、胸を突くといった刀(きず)であったが、妙な胸騒ぎがした。
 俺は、これを知っている、という変な確信があった。
 遠仁の気配ではない。ヒトか、モノか、それすらも解らぬが……。

「鸞……しばし、寄り道をしても良いか?」
「ん? なんぞ引っ掛かりでもあったか」
 鸞がこちらに振り向く。
 噪天が、目をキラリとさせてこちらを見た。
「ではっ! しばらくこちらにいらっしゃるっ!」
「手前とは関係のないことだ!」
 素早く鸞が釘を刺した。

「これ、噪天、迷惑をかけるでない」
 鸛鵲が手招きして噪天に引き上げるように促す。えー、と噪天はあからさまにガッカリした顔をした。
「此度は(すけ)ていただき誠に助かり申した。貴重な謳いを一人欠くところでありました」
 鸛鵲は丁寧に頭を下げる。久生の過誤が何を意味するのか充分知っている者の言葉だった。
「いや、礼には及びませぬ」
 鸞は真顔で応じていた。

 身を返してこちらへやってきた鸞は、足元の屍に視線を落とした。
「にしても、人など斬って何が楽しいのだろう……」
 鸞の独り言を聞いて、何かが引っかかった。
 以前、どこかで訊かれたな。
――人ヲ 斬ルノハ 面白カッタカ?
「そう言えば、雁の太刀は……」
 鸞が顔を上げた。
「村へ置いてきたよな? 村の者たちは他の長物のと一緒に、報告がてら城下へ返しに行くと言っていただろう?」
「そうか……」
 そうだったか。
 もう、アレの遠仁は抜いてある。
 悪さをすることは無いと思うが、……。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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