古き物 6

文字数 909文字

 一言に鷹鸇の屋敷の地下と言っても、その様子はよく解らぬ。
 何せ、国主殿の屋敷と繋がっているという。
 敷地は広そうだが地図があるわけでもない。数多の遠仁が巣食う中で、潜んでいるという鬼車を探さねばならぬ。それが、鳰が城下に来る前にという期限付きだ。

 紙束、矢立て、方位磁石、それに、皮も撚り合わせた丈夫な紐、思いつく限りの道具を自室の床に広げる。多分、国主側には明確な地図もあるのであろうが、まさか呉れとは言えない。
「阿比が込められていた地下牢までは整っていたぞ! そこから奥は、全くの洞穴であったな! あと、やけに湿っておった! 洞穴の水は冷たいぞ!」
 地下に下りたことのある鸞が進言する。
 なるほど、湿気か。水を漏らさぬ丈夫な沓が要る。そこまで準備する

があるかどうか。ふむ。腕を組んで考え込んだ。
「作戦会議は捗ってる?」
 雎鳩が顔を覗かせた。俺は目を剥いて雎鳩を見返す。
「……んな

のところに来るなよ」
「あら! 連れないわね」
 雎鳩が俺の隣に座り、準備した装備を眺める。
「あとな! できれば、水を通さぬ沓が欲しいのだ!」
 鸞がペロリと喋る。雎鳩が顔を上げた。
「そっか、鷹鸇側は水場があるもんね」
「なんだ? 主は地下を知っておるのか?」
 そう言えば、雎鳩の中の遠仁は鬼車の傍に居たのであった。地下の様子は知っているはずだ。 
「実際、歩きまわったことは無いけどね。あ、あと、国主側は乾いていて、横穴が多いわ」
 それはまた面倒な……。
「水場って、生き物が多いでしょ? だから、鷹鸇側の方がどうしても遠仁が多くなる。国主側は精々コウモリやネズミの類ね」
「生き物と遠仁と……何の関係が?」
 まあ……確かに俺が今まで回収してきた鳰の肉は、大体が何かに取り付いた遠仁から取り返したものだ。
「贄は肉と心をくっ付ける役割をするものだから……」
 ああ、そう言うことか。
 俺は鴫に取り付いていた遠仁のことを思い起こした。

 ……はて、待てよ……。

「雎鳩? お主から鳰の肉を受けたら、お主は……その」
 雎鳩はチラリと俺に視線を向けた。
「今は、その話をする時じゃないでしょ?」
 俺は組んだ腕に力を込めた。
 ここにも「死にたがり」が居た。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み