入れ子 9

文字数 958文字

 雎鳩はもともと頭の良いお方のようだ。思考停止したような鳰に、それこそ噛んで含めるように、これまでの経緯を説明した。
 鷹鸇の下りや入江の非業の死は割愛した上で、鵠、蓮角の所業を中心に説明し、鳰が鵠の正当な後継者であること、それを証明する必要があれば雎鳩自身が後見を務めることを話した。

(あ……私が………この国の? だって、私、先頃城下に来たばかりで……)

 鳰は、腰を浮かせて目を瞬く。そして、ハッと何かに気付いたように俺を見た。

(どうして白雀殿は驚かれないのですか? もしかして、知っておられたのですか? いつからですか? 何故私に話してくれなかったのですか? ねぇ! 白雀殿!)

 袖に取りすがって揺さぶる鳰に、俺は目を逸らして溜息を付くしかなかった。それを知り得たとして、どの機会に、如何様に説明したモノか戸惑うであろう。全てが終わった後に説明したとて遅くはないと思うていたのも正直なところなのであるし……。

「鳰様……。白雀を責められますな。白雀も、最近知った事実なのでありますよ。性根が優しい性格が故、身内から贄に捧げられた事実をなかなか口に出来なかったのでありましょう」

 雎鳩は、まるで鳰の念が聞こえているかのように助け舟を出した。

「さぁ、まずは、白雀の為に、全き姿にお戻りになってくださいませ。それが、白雀の本懐なのでございますから」

 この、聡明なお方の何処に俺が響いたのであろう。全く俺などと釣り合いがとれぬほどに高貴な空気を纏った姫君なのに……。
 上座に凛と居ずまいを正している雎鳩に目をやる。意志の強そうな瞳と視線が合った。

「白雀。かつて、……縁結びの庵にて言いませなんだか? 妾のような者らは籠の鳥よ。『思い』だけは自由でありたいもの。其の方は、妾を自由に導く吉兆のように思えたのです。思うたのは……こちらの勝手。其の方が気に病むことはござりませぬ。ただ、これだけははっきりと言えましょう。思う時は、妾は自由。幸せでありました」
「雎鳩……様?」
 俺の不審を読んだかのような言葉に、ただ驚いた。
 雎鳩は、ふっと息をついて微笑んだ。
「かような怪訝な顔をしていては、心が筒抜けですよ。梟様への後援は今後も続けるつもりでおりますし、何か困りごとがあれば遠慮なく申し付けてくださいませ。きっと力になりましょう」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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