モノノネ 7

文字数 777文字

 夕方、俺が鳰と夕餉の支度をしている(くりや)に鸞が顔を出した。
「おや! 早いな!」
 うむ、と返した鸞の表情が、ちぃと硬いように見えたのは気のせいか。湖沼で何ぞあったのだろうか。鳰をチラリと見て、妙な胸騒ぎを覚えた。

 皆で夕餉を終えて、鳰は琵琶の習いを始めた。梟は、施療室の奥に引っ込んで人工心肺の作成に取り掛かっている。
 俺の自室に来た鸞は、俺の前に座ると暗い目をして懐からあるモノを取り出した。
「……それは」
 桜貝の花簪。……と、いうことは。
(らい)殿から預かった!」
 それで、全てを察した。
 都は……身罷ったのか。結局、鳰のことは触れずじまいであったな。
 鸞は、それを俺に差し出した。
「どうしようか、これ……」
「そうだな」
 元はと言えば、鳰の母に当たる入江の持ち物だ。
「仔細は話さず、鳰に渡そう。影向殿からとでも誤魔化しておけばよい」
「……でも、鳰が男子だったら要らぬものよ?」
「気にするな。それは、俺らが考えることではない」
 送り主の影向殿の所為にしよう。
 鸞は、釈然としない顔をしながらも、そうか、と呟いて再び懐に簪をおさめた。

「昼間な、波武に、俺が鸞の肉になることを言うておいたわ」
「おう! そうか」
 どうであった? と鸞の顔に書いてある。
「鸞よ。主は、波武に心配をかけておったのだな」
「は? 何がであるか?」
「取り分を(かす)められるよりも、主の希死がまだ続いている方が気がかりなようであったよ」
 鸞は眉尻を下げて口を尖らせた。
「……その(てい)では、未だ鳰の身元を明かしてくれなんだのだな」
「まあな。……阿比殿は更に頑なよ。自分が死ぬときに鸞に手を握ってもらうのだと言って聞かぬ」
「まだそんなことを言うておるのか! オマケに魂を喰ってくれとか言うのよ! 全く、ヒトの神経を逆撫でしおってからに!」
 鸞は益々渋い顔をした。どうやらアレは阿比の鉄板の言い訳らしい。 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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