隣の花色 13

文字数 908文字

 どうやら雑魚は総て打ち負かしたようである。
 鸞は、反対の手に持っていた青白い玉を俺に放った。
 俺の左手がむさぼるように丹い炎をあげて玉を飲みこみ、やっと、俺の左腕は納まった。
 鸞に呼び出されて、そろそろと下りてきた噪天は、血まみれの玉を遠巻きにして眺めた。

「喰えよ。採り立てだ。美味いぞ」
 鸞はニッコリと微笑んで、噪天に玉を差し出した。
 今回は弾かずに肉に肘まで突っ込んで探り採ったと見える。
 腕を伝ってボタボタと垂れる血が、その臭いが、鸞の笑顔と相反してその凄惨さにさらなる凄みを加える。
「先輩……これって……、生身から取り出したモノでは」
「ああ、そうだが?」
 顔色を失くして動揺する噪天に、鸞は更に玉を突き出した。
「喰うてみよ。美味いぞ」
「我々久生は、肉から離れた魂を喰う者と……」
「誰が言うた?」
「え?」
「それは、誰がそんなことを言うたのだ?」
「え……あ……鸛鵲(かんじゃく)が………」
「嘘っぱちじゃ」
「ええ?」
「本当に美味いのは我が手で

採りたてじゃ」
「…………」
「ヒトは、我らが勝手にもがぬようにと『謳い』を立てて契約したのじゃ」
「…………」
「ほれ、一口喰うてみろよ」
 屈託のない鸞の笑顔に、噪天は茫然としたまま手を差し出した。
 手にした玉に付いた血を厭わし気に拭うと、クンクン匂いを嗅ぐ。
 鸞がニコニコと見守るなか、そうッと口を開いてシャクっと嚙り付いた。
 
 噪天が目を見開く。
 そのままの顔で玉を見下ろし、ゴクリと喉を鳴らすと夢中でかぶり付き始めた。

 ああ……。俺はただただ、見守るしかない。

 噪天は、あっと言う間に食べつくすと己の指まで舐め始めた。
「な? 美味かったろう?」
 鸞は愛おしそうに噪天を見た。

「では、苦しめ」

「!」
「お前のまわりは、そう……その美味いものでいっぱいだ。手を伸ばせば喰える。だが、手を出したら最後、お前は屋代の久生という安穏たる生活を手放さねばならぬ」
 噪天は地獄に突き落とされたかのような顔をした。
「先輩……は、私を…………謀ったのか?」
「いや、そうではない」
 鸞は穏やかに言った。
「そもそも久生は何であるかを教えたまでよ。己を律することが出来て初めて、

ということであるよ」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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