銀花 1

文字数 1,081文字

 しばらく、鳰を交えたゆったりした時間を満喫した後、俺はまた出かける準備を始めた。
 俺が出ている間、鳰は耳をつけてもらうらしい。
 その上で阿比が琵琶を教えるのだという。
(今まで梟殿が作ってくれた感覚器で音を拾っていたのですが、耳が付いたらそれで音が聞こえるようになるのですね! 楽しみなような怖いような……)
 梟の話だと、耳からとらえる音に慣れるのには大変な時間を要する可能性があるようだ。それについても説明されているだろうに、臆する様子が無い。
 俺が戻ってくるまでにどうなっているのだろう。
 想像もつかない。
(白雀殿の声を生で聞けるようになるのですよ。わー、どんなお声なんだろう)
 そうワクワクされても困るのだが……。予想外だったら申し訳ない。

 今回も、鸞が一緒について行く、と、準備を始めた。
「先般も、吾が役に立ったであろう! 初日に誓いも立てたしな!」
 やっぱりアレはそういう意味であったのか。
 俺は相変わらず「食いもの」認定らしい。

「湖畔は寒いと聞くぞ。装備を整えていけ」
 阿比に言われて、しっかり防寒具を準備した。
 これならどんな空っ風に吹かれても大丈夫だ!
 自信を持って旅立ったのだが……。

「聞いてないぞ! なんだ? このドカ雪はっ!」
 俺は別荘地手前の宿で、身動きが取れなくなっていた。
 同じ防寒具でも雪に対するそれは防水効果も無ければ意味がない。雪にハマらない装備も必要になる。
「まぁ、施療院周囲は冬でも雪は降らぬからなぁ」
 鸞は呑気に火鉢にあたっている。
 例え雪用の防寒具を揃えたとしても、(かち)では遭難する、と宿屋の女将に止められていた。知らなかったこととはいえ、冬という季節を舐めていた。
 だが、ここまで来て引き返すのは口惜しい。
 何か方はないモノかと、昼間、飯屋で他の旅人風情の者に声を掛けたりしてみたが、そもそも雪深い別荘地なんぞにいく者はいない。
 屋敷と取引のある者も引き当てられなかった。

 いよいよ万事休すかと思っていたところ、たまたま飯屋に居た商人風の娘に声を掛けられた。
「主ら、何故、湖沼へ行きたいのだ?」
「探し人がおるのだ」
「ほう……」
 娘はそう言うと、俺の姿を上から下まで眺めた。
「主、体力には自信があるか?」
「雪は慣れぬ故、思うさま動けるか些か自信はないが、以前は兵として隊にいた経験がある。平均以上の体力はあるつもりだ」
「ふむ」
 娘は腕組みしてから頷いた。
「よし。分かった。主を雇おう。我は企鵝(きが)という。湖沼の屋代に食料などを運んでおる。実は父が腰を

な、同行できぬ故男手をいかにしようかと迷うておったところだったのよ」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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