銀花 3

文字数 802文字

 陽が上ると見事なまでの快晴だった。雪の照り返しが眩しい。
「笠越に見ないと、目をやられるよ」
 と、企鵝(きが)は俺の笠をいじって目深に被せた。鸞も慌ててそれに倣う。橇に荷を積んで菰を被せ、縄でしっかりと固定してから企鵝は積み荷によじ登った。
「え? この上に乗るのか?」
「馬のケツを見るのが趣味なら下におればよい」
 ああ、そうか。馬が大きいから橇の前に立っただけでは前が見えぬのだな。俺は納得して企鵝の後に続いた。鸞は後ろからよじ登り、つくねんと腰掛けた。

「ええと、白雀か? そっちのお子が鸞な? 橇が跳ねたら落ちるからな、腰ひもを荷綱のどこかに括っておけよ。あと、冷えるからな、御不浄が要りようなら早々に言えよ」
 企鵝は、ニカッと笑うと手綱を振って馬に歩みを促した。

「白雀は、城下から来たのか?」
 ひと山越えて宿が見えなくなってから、企鵝が話しかけてきた。
「あ……いや、西の施療院からだ。城下の隊にいたのは1年以上前だ」
「おや、先の戦の後退役なさったか。……ケガか?」
「……あ、ああ」
 戸惑いがちに返答したので、企鵝は、立ち入って済まぬ、と謝った。
「その、湖沼の別荘地に退役した方もおられてな、もしかすると探し人はそれかと思うたのだ」
「いや……そうでは無くてだな。物狂いの件だ」
「ほう……」
 企鵝は目を見張って俺の顔を見た。
「身元を探っておる子がおってな、縁者かもしれぬと思うて……一度会うてみたいのだ」
「ふむ」
 企鵝は前を向いて溜息をつく。
「その子は、いくつだ?」
「14と聞いた」
「さようか……。まぁ、聞いてみぬと解らぬが……聞ければよいがな」
 歯切れの悪い返事。企鵝は、狂女を知っておるとみえる。

 何かを振り切るように首を振った企鵝は、顔を上げた。
「主、怖い話は平気か?」
「怖い? ……まぁ、色々あるとは思うが、どういう怖い話なのだ?」
 企鵝は、ニヤリと笑った。
「今夜泊る峠の辺りにな、出るのよ。……幽霊が」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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