餓鬼の飯 2

文字数 1,195文字

 翌日、鸞はまだ帰らなかった。俺は独りで精鋭たちの部屋へ出向いた。勿論、ちゃんと女装して、だ。
 部屋の戸を開けると、3人が寄って集って魚虎(ぎょこ)に顛末を話して聞かせているところであった。
「これで、私も良い武勇伝が出来たわ」
 翡翠が胸の前で手を握り合わせて満足気に微笑んでいる。
「婿殿もさぞかし鼻が高かろう」
 太刀の手入れをしながら(りゅう)が話を継いだ。婿殿? 俺は目をパチクリさせる。
「この秋にね、翡翠の許嫁殿の任期が開けるのよ」
 魚虎がニコニコしながら言った。許嫁? 俺は翡翠を穴のあくほど見つめた。
「そしたらねー、新嘗祭に合わせて祝言を挙げるんですって」
 水恋が羨ましそうに上目で翡翠を見やった。
「お……おう、左様でございマスカ」
 余りのことに俺はしどろもどろな答えを返した。
 やだー、鶉ちゃん、なにキョドってんのよ! と水恋が俺をどやしつける。
「雎鳩様の精鋭隊もそれまでの期限付きなのだ」
 鶹がこちらを見て頷いた。
 そうだったのか……。
 雎鳩は、この秋で決着をつけようというのか?
 鳰の肉はあと、4っつ。その内、雎鳩の中の遠仁と蓮角がそれぞれ1つ持っているとして、あと2つ。
 そして、夜光杯。
 ああ、そういえば鷹鸇の屋敷の地下は、まだ探索しておらなんだが……。
「……ちゃん! (じゅん)ちゃん!」
「あ……」
「もー。考えこんじゃったら帰ってこないんだからー」
 気が付くと、水恋が腰に手を当てて頬をふくらましていた。
御魂祭(おみたまさい)の準備! 手伝ってって言ってるのよ」
「はい。いいですよ」
 にっこり笑顔を返しながら、アレ? ここ数年はいかにしておったか? と頭の中が疑問符で埋まる。
 ああ、そうか。去年は、丁度沙羅の(みささぎ)に潜伏している時期であったし、その前の年は国境の護りを勤めていて夏には父母の元へ戻れなんだし、その前は……はて、覚えておらぬ。気づいたら秋で新嘗祭の準備をしておった。
 御魂祭とは、久生に召されて神となった祖先の魂と、その年に亡くなった新魂(あらたま)と、未だ山野を彷徨(さまよ)っている無縁の遠仁とを慰める祭のことである。
 8月の満月の夜に、餅を積みあげた高坏(たかつき)を2つ――こちらは先祖の魂と新魂に奉ずるもの――、握り飯を盛った盆を1つ――こちらは遠仁に捧げるもの――を準備し、魂を寄せる目印としてヤマユリの花を生けるのが習わしだ。「供物を食いに来たモノは魂が姿を借りたモノである」として、決して追い払ってはいけないとされている。俺の家は半農の田舎暮らしだったので、猿が握り飯を取りに来ていた。城下ではさすがに猿は来ないであろう。
「ヤマユリは、この日の為に庭に植えているから、あと、餅の準備がねー」
 そう言うと、水恋は魚虎に目配せした。
「あら、餅つきは任せて呉れてよいわよ」
 魚虎がニッコリ笑う。
「兵部大丞家の高坏、結構立派なのよぉ」
 翡翠が俺に笑いかけた。立派な高坏……ということは、丸める餅も量が多いと言うことなのだな。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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