業鏡 2

文字数 773文字

 施療院の戸口の前から、再び旅の空へ戻っていく阿比(あび)を見送った。庭先まで出て阿比を見送っている(にお)の背中を見ていると、隣に立った(きょう)が低くつぶやいた。

「阿比から……お主の決意を聞いた。……揺るがぬのじゃな」
「はい……決して」

 梟も、鳰の背中を見ていた。
 短く嘆息して俯く。

「さすれば……儂の技を以って協力しよう。実のところ、儂が死んだ後の鳰のことが不憫でならんかったのじゃ。半端でも、せめて人らしい成りを手に入れてやりたい。お主には、負担を掛ける………」
「いや、……梟殿には、拾っていただきましたから」
「それも、

方法でな」 

 眉根を寄せて吐き捨てるように言う梟に、俺は破顔した。

「拾ったことには変わりありませぬ。存分に使わせていただきますよ。まずは手始めに筋力を戻すところから。この細腕では箒も振り回せませぬゆえ」

 袖をグイッと引かれて俺は振り向いた。
 鳰が、俺の袖をつかんて首を左右に振っている。
 キョトンとして鳰を見つめると、梟が吹き出して笑った。

「鳰が、『箒は振り回すモノではない』と文句を言っておる」
「はっ?」

 鳰が?
 何だって?

 俺は困惑して、鳰と梟を交互に見た。
 梟が懐から何やら取り出して俺に渡した。黒い耳栓のようなものだ。

「これは……」
「初めて付けた時に、お主が嫌悪感を持ったようだったのであえて勧めなかった。鳰と会話をする時の念波装置だ」

 こんなに小さなものだったのか?
 俺は右手の平の上でソレを転がした。

「どちらの耳でもよいのか?」
「ああ。どちらでもよい」

 俺はその装置とやらを左の耳にねじ込んだ。

白雀(はくじゃく)殿!) 

 早速と鳰の念波が頭に飛び込んできた。
 目の前に、腰に両手を当てて小首を傾げ、こちらを見上げている鳰がいる。

(わたくし)が、箒の使い方というものを教授して差し上げます)

 あまりの偉そうな言いように、今度は俺が吹き出した。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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