汲めども尽きぬ 9

文字数 797文字

「この町の者は、琴弾様のおかげで此処まで栄えたが、命を賭したババ抜きをしているようなものよのぅ。気の毒に……」
 鸞は頬を覆って溜息を付いた。 
 今の両替屋の者が、どのような願を掛けたのかは知らぬが、それが叶ってしまえば次を要求される。願いが途切れた時、最後に琴弾様を握っていたものが殺される。
 市井の者らが努めて幸せそうにしていたのは、次に琴弾様に目を付けられないようにという防衛か。
「厄災が突然来たのであれば、突然去るのもまた有りか」 
 俺の呟きに、猿子(ましこ)が眉間に皺を寄せた。
「其の方ら、一体何をお考えなのか?」
「俺はただ、必要なものを取りに来ただけなのだが、どうやら琴弾様と渡り合わねばならぬような気配だな。下手をすると、琴弾様を喰わねばならぬかも……」
「……貴方様は一体……?」
 猿子は改まって俺の前で威儀を正した。
「いや、俺は、ニンゲンよ?」
 多分。

 不意に庵の(しとみ)の隙間から、ふよふよと青白い玉が入り込んできた。俺は左掌を覆っていた包帯をくるくるとほどくと、左の手でその玉をひょいとつかんで握りつぶすように手の内に飲みこんだ。
 猿子が目を丸くする。
「しばし、他言無用な」
 俺は猿子に笑みを向けて自分の口に人差し指を当てた。
「莫ー迦! 何を愛嬌ふりまいておるのやら」
 隣から鸞が流し目を呉れた。
「愛嬌じゃあないわ! 遠仁が入ってきたんだぞ! 琴弾様に言いつけられるかもしれぬではないか」
「違うわ! その仕草じゃ! 可愛く口元に指をあてるなど!」
「可愛く? 何処がだ? そんなつもりはないわ!」
 つい売り言葉に買い言葉で鸞と言いあっていると、猿子が冷汗をかきかき、あのー、と声を掛けてきた。
「お二人は、一体どういう御関係で……」
 鸞が俺を指し、満面の笑みで答える。
「これは妾の食いものじゃ」
 それを受けて、俺も真面目に答える。
「どうやらそういうことらしい」
 猿子は益々混乱を極めた顔をした。 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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