神楽月 3

文字数 963文字

 麓の村は不気味に静かであった。冬前とは言え、収穫を終えて年を越える為の準備の時期で寒さに向けて住居の普請や祭など、どの集落もそこそこ賑わう頃合いのはずである。
 俺は村のまとめ役の住まいに一宿願い出て、いかような次第であるのかさりげなく探ることにした。

「兄さんたちは城下を出てどこへ向かうのかい?」
 囲炉裏の火を立てながら、疲労の色の濃い初老の男は問うてきた。
「老いた父のいる村へ戻ろうと。共に年を越せるのも後何回かという風情でありますので……」
「ほう。孝行者だねぇ。よい心がけだ」
 飯を半づきにして雑穀と混ぜて伸ばした餅をひっくりかえす。
「兄さんたちは奉公人かい?」
「はい。武家に奉公しております」
 男はチラリと壁に立てかけててある琵琶を不思議そうに見た。
「ああ、それは、父に頼まれたものでございます」
「なるほど……。ということは、兄さんたちは長物はお持ちでない」
 男はホッとしたように言った。
「え? 長物が何か?」
「峠を下る時に……会わなかったのだね」
 俺は鸞と顔を見合わせた。男は餅に味噌を塗りたててまた火に翳した。
「ここしばらく、峠に野盗らしきものが住み着いてなぁ……」
「野盗が?」
「此処は地方へ下る最初の集落であるからお武家も通る。野盗は……どうやら刃物が目的らしい。お武家ばかり襲うそうな。本来儂らのような民百姓には縁が無さそうであったのが、城下から物騒極まりないから吾らに何とかせいと命が下りた」
「なんと……相手は長物を狙うような悪党。いかな多勢と言えど危険極まりない」
 俺の言葉に、男はうんうんと頷いた。
「山狩りをしても見つからぬし、この話を聞いて我こそはというお武家様もいたが……翌朝には返り討ちで儚くなっておられるという始末。如何様にしたものかと、皆腐心しておるのだ」
 だから、村全体がお通夜のようであったのか。
 
 その夜の寝所で俺は鸞と枕を並べていた。先程の村の男の話がどうにも引っ掛かっていた。野盗がつかまらねば、気の毒なことに、この村の者はゆるりと新年を迎えることも出来ぬ。それに……
「明日……峠に登ろう」
「なんだ? 戻るのか?」
 鸞がチラリと目を向けた。
 おや、まだ寝ておらんかったのか。
「うむ。……あの野盗とやら、知り合いのような気がしてならぬのだ」
 刃物への執着――よもや、鷹鸇(ようせん)ではあるまいな。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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