拾われたもの 5

文字数 647文字

 輜重(しちょう)と同じく、山陰に潜むように構えていた本陣に着いたころ、西の空は朱紫(あけむらさき)の残照に彩られていた。
 (にお)によって、本陣の衛生隊に引き渡された俺は、清潔な寝床に横たえられた。麻薬が抜けて来たのか、ボロボロに痛めた身体の端々から悲鳴が戻ってきた。脂汗が浮かぶほどの苦痛ではあったが、命を拾った実感がようやっとこみ上げた。

白雀(はくじゃく)殿、今一度鎮痛薬を投与いたしましょう」
 周囲で甲斐甲斐しく働いていた衛生隊員の一人が、薬筒(やくとう)と針を持ってきた。
「いや……」

 また意識が濁るのは何となく避けたかった。
 夢と現とを流離(さすら)うのは気持ちが悪い。

「痛みは気力も体力も削ぎます。回復を早めるためにも、応じてください」
「しかし……」
「意識が混濁して咄嗟に動けなくなるのがご心配ですか? どのみち今は動けませんよ」

 否応なく腕をとられた。
 
 それはそうなのだが……。

 多分、針を刺されたのだと思うが、感覚がない。
 それほどに、傷の痛みが勝っているのか?
 額の汗を拭われる。

「さすがは切り込み隊の若き軍神と呼ばれた白雀(はくじゃく)殿。運が味方をなさったと見える」
 視界の外から声がした。

 誰だ?
 目を動かす。
 黒衣を纏った男が視界に入った。

 入れ替わるように衛生隊員が退いた。
 男が斜めに背負っている琵琶に気付き、眉間に力を込めた。

「……『(うた)い』か」

 男は右手を胸に置くと、こちらに深々と頭を下げた。
 自分は命を拾われたが……。

阿比(あび)と、申します。先程、……兄上を送りましてございます」
「………礼を……申し上げる」

 覚悟の上だ。
 ただ、瞑目した。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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