隣の花色 12

文字数 830文字

 遠仁どもの注意が鸞に逸れたところで、俺は青い炎めがけて地を蹴った。キラリと青い刀身が翻る。
「ソレは、雁が持っていたモノ」
「ああ、そうかもしれぬな」
 身を交わして合口を構え直す。
「元は『(なぎ)』という銘の……鵠殿のモノだ」
 視界の外からヒラリと刃が降ったのを、スイと身を引いて避ける。
「元より我儘でな、妖気を封じて雁に預けておったが、……主が解いたな?」
 あの、遠仁を喰ったときにこぼれた小瓶は、妖刀の封印であったのか。
「解けたそばから……渇きを思い出したのよ」
 刃が打ち合ってキュインという澄んだ音がした。
「主の刃を受けたのが、

絶頂だったそうな。出来ることなら、その肉を搔き乱したいというておる」

 背後で玉のつぶれる声がする。
 続いて、湿ったものが飛び散る音。
 鸞……楽しそうだな。
 こちらも、……楽しむとしよう。
 合口の峰を撫でた。

「一突きなどというぬるいことはせぬぞ。コレが満足するまで、遊んでやろう」
 青い炎が善知鳥の目に映り、光を返した。
 身体はそこか。
「よくしゃべる……鳥だな」
 俺は合口を腰だめにすると、刀身がひらりと舞った隙をついて当身を喰らわせた。
 鎧の継ぎ目を突く。
 手応えがあった。
 流石に鎧の厚みに阻まれて深くは刺せなかったが、(こじ)って引き抜いた。
 善知鳥の脚が俺の腰を捕らえて蹴る。
 身が後ろに吹き飛ばされたが、身をかがめて体勢を立て直した。
 降ってきた重い刃をガチリと合口で受ける。
 力が、強い。
 押し返すのがやっとだ。
 どちらに流すのが当たりかと、力の方向を探っている時、不意に善知鳥の力が抜けた。

「う……ぐ………ごわぁ…………」

 奇妙な呻き声を上げて膝から落ちる。
 善知鳥の背後から返り血を浴びた鸞が姿を現した。
 複数の糸を引いた血まみれの玉を手にしている。
 鸞は眉一つ動かさずに、
 手にした玉を翳すと、ブチブチと糸を引きちぎった。
 善知鳥の身体が前のめりにドウと倒れる。

「噪天! 見ておるな! 来やれ!」
 鸞が声を張り上げた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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