遠仁の憑坐 5

文字数 701文字

「え………」
 俺は身を固くした。それは……どういう……。

「不死不滅の妙薬でもある『丹』が、ヒトの生身に定着しがたいものであるのは、先も説明した通り。それが、

使

、と、儂は国主殿の命で研究を重ねておった。そこで、(にお)の肉を覆っていた膜を……遠仁(おに)に腑分けされても生き続けることができていた特殊な膜を触媒にして『丹』を錬成した。ただ、それを生身の人間に埋めて果たしてどうなるのかは分らぬ」

「まさか、それを戦場で使おうと……」
 
 (きょう)は、ゆっくりと首肯いた。

「埋め込む者を国主殿が選んだ。それが、上手くいけば吉。上手く行かざれば……それまで。……戦場で名誉の戦死をしたことになる」

 俺は固唾を飲んだ。俺は「生きるべき者」として選ばれたわけではなく、

の賭博で選ばれた者だったのか。

「どういうわけだか分らぬが、お主にだけ定着した」
 だから、俺を戦場から直接この施療院に連れてきた……。

 梟は頭を抱えて唸った。
「国主殿には……お主以外は定着しなかったと伝えた。しかし、定着したお主も完全ではない。治る可能性なぞ絶望的と思えた左腕は、形こそ元に近付いたが正直使い物にはならぬ。だがそれは、左腕がそもそも重症だったから時間がかかっているのかもしれぬ。その判断は今の時点ではつかぬ、と」

「人を使って、無体なことをすると思うた。私は、失敗した者らを弔う側だったからな」
 阿比(あび)が話を継いだ。

 そうか……名誉の戦死………。
 そういうことか。

「その上での、今宵の仕儀じゃ。……お主の左腕は動くようになった。遠仁を喰うという特殊な条件で、だが」
「あ、ああ……」
 俺は、曖昧な相槌をうった。それがどうしたというのか。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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